« 2006年11 月 | メイン | 2007年1 月 »

2006年12 月31日 (日曜日)

全国高校サッカー選手権大会:桐光(川崎)が1対0で大阪朝鮮高級学校に勝利、初戦を突破

061231toko04 第85回全国高校サッカー選手権大会全国大会の1回戦が12月31日行われ、神奈川県代表の桐光学園高校(川崎市麻生区)は三ツ沢競技場で大阪代表の大阪朝鮮高級学校と対戦、1対0で勝ち、2回戦にコマを進めた。
2回戦の相手は九州国際大付属(福岡)で1月2日に等々力競技場で行われる。

写真はフリーキックを決め、佐熊監督に抱きついて喜ぶ内藤選手(背番号10)たち

061231toko03 試合には両校の生徒など13000人の観客が見守る中で行われた。
前回ベスト8まで進んだ強豪校・大阪朝鮮を相手に桐光は善戦。相手の猛攻を固い守備でことごとくはね返して前半を0対0で折り返した。後半途中からは桐光のペースとなり、73分に相手の反則で得たフリーキックのチャンスにMF内藤洋平(背番号10、3年)が右足で決めて待望の先制点をあげ、この1点を守りきって、念願の初戦を突破した。
佐熊裕和監督は「初戦で選手たちは少し固くなっていたようだが、ゲームプラン通り、前半を0点に抑え、後半のチャンスを生かすことができた」と試合を振り返り、「とりあえず、初戦を勝ててよかった」とホッとした表情で語っていた。
061231toko02 スタンドからはJリーグ新人王の藤本淳吾(清水エスパルス)、渡辺匠(山形)ら桐光学園出身のJリーガーも応援にかけつけ、後輩たちに声援を送った。また、松沢成文県知事も桐光学園の応援スタンドに姿を見せ(写真右下・中央の白コート姿の小塚良雄理事長の左隣)、試合後、佐熊監督とガッチリ握手しながら「すごくいい試合だった」と喜んでいた。
試合終了後、061231toko01 選手たちは応援席にかけ寄り、勝利の喜びを分かち合っていた(写真左下)
2回戦は1月2日午後12時10分から等々力競技場で、初出場ながら富山第一(富山)を5対0で破った、九州国際大付属(福岡)と対戦する。

関連記事■川崎市麻生区の桐光学園が全国高校サッカー全国大会に出場:初戦は12月31日に大阪朝鮮高級学校と対戦

関連記事■川崎市の桐光学園サッカー部が全国高校サッカー選手権大会に出場:10年ぶり4回目

2006-12-31 in b) 川崎市のニュース, b1) 川崎市麻生区, i)神奈川県, スポーツ | Permalink | コメント (0) | トラックバック

2006年12 月29日 (金曜日)

川崎市麻生区の桐光学園が全国高校サッカー全国大会に出場:初戦は12月31日に大阪朝鮮高級学校と対戦

061229toko01 川崎市麻生区の桐光学園高等学校サッカー部が第85回全国高等学校サッカー選手権大会の神奈川県予選で優勝し、全国大会に10年ぶりに出場する。桐光イレブンは12月31日に三ツ沢競技場で行われる初戦に向け練習に励んでいる。

写真は初戦突破を目指して練習に励む桐光イレブン

同校サッカー部が全国大会に出場するのは4度目。前回の1996年には、川崎のDF佐原秀樹選手がキャプテン、スコットランド・プレミアリーグのセルティックに所属するMF中村俊輔選手が司令塔を務め、準優勝を果たした。
ことしの県大会では久しぶりにノーシードとなり、予選リーグ1回戦から戦うことになった。前回の出場から続いて現在も指揮をとる佐熊裕和監督は「決勝戦に照準を合わせ、目の前の試合に集中して10試合戦ってきた。例年だと予 選リーグでは相手に大きな点差をつけることもあるが、今回はPK戦も2試合あり、たいへんだった。しかし、選手たちは試合を重ねるごとに力をつけ、精神的にタフになった」と県大会を振り返る。
同校サッカー部は43人。川崎市出身は2人で、神奈川県や東京都のJリーグユースやクラブチームの出身の選手が多い。ことしのチームは、全員攻撃、守備が特徴。「ことしはJリーグに行く子もいないし、飛び抜けた選手もいない。春の県大会の1回戦で負けたことで、自分たちの弱さを自覚して、選手たちが変わってきた」と佐熊監督。「よく10年ぶりと言われるが、(ことしは出ていないが)インターハイやカップ戦に何度も出ているので、久しぶりという気はしない」という。
30日の開会式に続いて、31日第一試合(午後12時10分キックオフ)に行われる初戦については「対戦する大阪朝鮮高級学校は力のある学校で、この試合がカギになる。そこが突破できれば、対戦経験のある学校も多いので、ある程度試合の予測ができる」「選手たちの意気込みは高いが、ここまできて新しいことできないので、いつもの力が出せるように調整し、平常心で戦いたい」と初戦突破に意欲を燃やしている。

桐光学園高等学校サッカー部の公式ホームページはhttp://www.toko-fc.org/

2006-12-29 in 04)教育・子ども , b) 川崎市のニュース, b1) 川崎市麻生区, スポーツ | Permalink | コメント (0) | トラックバック

2006年12 月28日 (木曜日)

麻生区役所でトワイライトミュージック:年末年始にロビーで区内の演奏家がミニライブ

061227asatrc_1仕事帰りに音楽でくつろぎを——川崎市麻生区役所で、閉庁を知らせる放送に替え区内の音楽家が生の音楽を聴かせる「トワイライトミュージック」が12月18日の夕方から始まった。

写真(麻生区役所提供)=「音楽仲間ルーエ」の室内楽演奏

「音があふれる芸術まち」を掲げる同区では、奇数月の最終月曜日の昼休みに、区内の音楽家や市民らで構成する「麻生ランチタイムコンサート実行委員会(丸山博子実行委員長)」による手作りのコンサートを開催しており、ことし7月にはロビーにグランドピアノを常設した。
同実行委は、グランドピアノの有効活用として夕方の音楽会を企画。そのオープニングとして年末・年始に5回のミニライブを催すことになった。初日の18日はランチタイムコンサートでお馴染みの「音楽仲間ルーエ」が室内楽を、2日目の27日は「デュオ・エスターナ」によるピアノ連弾が演奏され、区役所に来ていた市民らが足を止めて聴き入っていた。今後の日程と出演者は、28日がフレッシュアンサンブルメンバーによるピアノとチェロ、1月4日は丸山さんとその家族、5日はフレッシュアンサンブルメンバーの太田恭子さんのピアノ独奏する。時間はいずれも午後5時5分から5時30分まで。
トワイライトコンサートは当面は不定期の開催で、問い合わせは電話044(966)5116麻生区役所地域振興課まちづくり担当。
HPはhttp://www.city.kawasaki.jp/asao/index.htm

2006-12-28 in 02)イベント・催事, 07)文化・芸術, 09)市民活動, 11)まちづくり, b) 川崎市のニュース, b1) 川崎市麻生区, 音楽 | Permalink | コメント (0) | トラックバック

2006年12 月27日 (水曜日)

狛江市議会が市議の定数を1議席削減:2007年4月から実施

狛江市議会が12月25日に開かれた市議会本会議で、市議会議員の定数を現行の23議席から1減の22議席にすることを賛成多数で決めた。この定数は改選期にあたる2007年4月の統一地方選挙から実施される。

「狛江市議会議員定数条例について一部を改正する条例」は、議会のスリム化を訴える民主党・市民クラブが23を20に改める「3減案(議員提出14号)」、経費削減などを求める明政クラブ、公明党、生活者ネットの3会派は「1減案(議員提出15号)」の2つが提案され、審議された。3減案は賛成3、反対18で否決、1減案は賛成13、反対8の賛成多数で可決された。
一方、与党共産党は、民意が反映できなくなると削減そのものに反対したが、議員の月額報酬10%カット、期末手当の支給率を市職員と同率に引き下げるなどを内容とする条例改正案(議員提出13号)を提出。賛成10(共産、ネット、民主党・市民クラブ)、反対11(明政ク、公明)の1票差で否決された。

 市民が出した陳情は不採択

今回の定数削減は、市民から削減を求める陳情(2件)と削減に反対する陳情(1件)が5月と6月に相次いで市議会に提出されたことがきっかけ。3件の陳情は議会運営委員会に付託され、6月19日から10月30日まで5回審査(2件は4回)された。同委員会では、削減反対の共産を除く各会派は、経費削減、議会のスリム化・改革の必要性など意見の違いはあったものの、削減には賛成の立場で意見が出されていた。しかし、審査の結論を出す際、最大会派の明政クラブが「定数については議会が判断する」と主張、3件とも不採択。
同市の市議会議員定数は1987年4月の選挙時に28から25に削減され、継いで1999年改選時には現在の23になった。

2006-12-27 | Permalink | コメント (0) | トラックバック

2006年12 月25日 (月曜日)

狛江市の助役に須田眞立・前収入役:10年間の空席が解消

10年間にわたって空席のままだった狛江市の助役に、前収入役の須田眞立氏(66)が就任することが12月25日に開かれた12月定例市議会本会議で満場一致で決まった。

矢野裕市長が「行政経験が長く、実務に精通し、助役に適任」として12月18日、開会中の市議会定例会に追加議案を提出、最終日の25日に本会議で審議され、満場一致で同意を受けた。任期は2007年1月1日から4年間。
須田氏は日本大学法学部を卒業、1970年に当時の狛江町に入庁、広報係長、財政課長、児童保育課長、総務部長などを経て1999年に収入役に就任、ことし9月に退任した。
同市は、共産党市議だった矢野市長が初当選した約1カ月後の1996年8月、前助役の榊原常夫氏が任期満了で退任。以後、水面下で何度も打診が行われたが、少数与党の議会運営の難しさから助役人事の案件が提出できず、2期目の2001年に市幹部職員を助役とする議案を提出したが、市議会の同意を得られなかった。
本会議閉会後、矢野市長は「市長就任以来10年間お願いしてきた助役の選任で議会の全会一致のご理解をいただけたことにホッとしています。今後、市の財政運営をいっそう円滑かつ迅速に推進するうえで、大きな力となっていくと思います」のコメントを発表した。

 
 行政手腕に期待

石井三雄市長の突然の辞任によって行われた1996年の市長選は、既に立候補を表明していた元市議、石井後継の現職市議、市議6期目の矢野氏の三つどもえの選挙となった。
保守分裂に加え石井氏が巨額の債務を抱え、公務を休んで海外でバカラ賭博をしていたことなどが、辞職から選挙期間中に次々と判明して大きなスキャンダルとなり、その結果、「市政刷新」を訴える矢野氏が当選、初の共産党市長が誕生した。
この結果、市議会は行財政改革への取り組みをはじめ、助役、予算、決算などの主要な案件について、少数与党と保守系の市議との綱引きが長い間続いた。
2期目途中からは「助役空席」が当たり前の空気が流れていたが、不況と大型プロジェクトのつけで市の財政状況は厳しさが加速。最近は与野党間の対立の構図は薄らいだものの、財政状況の厳しさは依然として市政運営に大きな影を落としている。
2007年から団塊の世代の幹部職員の退職が続くなど、解決すべき市政の課題も多く、行政手腕にたけ、職員の信頼が厚い須田氏の、収入役から助役にポジションを変えての再登板に大きな期待が寄せられている。

 

2006-12-25 in 06)政治, a) 狛江市のニュース, 時事問題 | Permalink | コメント (0) | トラックバック

麻生区の市民団体がチェルノブイリ事故の被災児支援:事故を20年にチャリティーコンサート

チェルノブイリの事故を風化させないで——川崎市麻生区の市民団体「ホールサムライフ」が12月26日午後1時30分から麻生市民館大ホールでチェルノブイリ原子炉事故被災者の子どもを支援するチャリティーコンサートを開く。

ホールサム(Whoiesome)は、「健全なもの、体によいもの」を指す英語。同会は、海外在住の経験がある主婦ら数人で2002年6月に発足、「国際社会に通用するホールサムな生きかた」を目ざして、地域で学習会やイベントを催している。
ことしは原発事故が起きてからちょうど20年目。ソビエト時代から長くロシアに暮らした経験を持つ松澤倫子同会代表によると、死の灰の多くは風に乗って隣国のベラルーシ共和国に降り注ぎ国土をセシウム137で汚染、甲状腺ガンに侵された子どもが異常発生、土壌の残った放射能は食べ物を通して人体に蓄積、今も母乳からは放射能が現出され、被災者の苦しみは続いているという。
同会では、国際社会への貢献のひとつとして「事故は今後も起こり可能性があり地震国である日本はなおさらであり記憶を風化させるべきではない」とコンサートを企画。収益金は「チェルノブイリ子供基金」と「チェルノブイリ医療基金」を通し、現地の子どもたちのために使われる。
コンサートには、川崎市や市教育委員会、ロシア連邦大使館なども後援、ロシア大使館付属小中学校に通う7歳から17歳の在日ロシア人の子どもたちの音楽グループ「ロシアンカ」が、民族ダンスと民謡を披露する。このほか日本の伝統楽器尺八を世界に広め虚無僧の修行の音色からロック、ブルースなどの幅広い演奏を行う尺八演奏家「き乃はち」インバンド、フラメンコダンス「カサブランカ」が賛同出演する。
また、広島の秋葉忠利市長、川崎の阿部市長、ロシア大使、ベラルーシ大使から、激励のメッセージも届いており、披露される予定だ。
入場はおとな900円、子ども400円。
問い合わせは電話044(955)2286ホールサムライフを進める会事務局。

2006-12-25 in 02)イベント・催事, 03)健康・福祉 ・医療, 04)教育・子ども , 09)市民活動, a) 狛江市のニュース, b1) 川崎市麻生区, 音楽 | Permalink | コメント (0) | トラックバック

2006年12 月22日 (金曜日)

川崎・伊藤宏樹選手がトークショー:川崎市民ミュージアで

061222talk02  ボランティア記者 藤井栄美

12月9日より川崎市市民ミュージアムで行われている「川崎10周年記念展」の選手参加イベントとして、12月17日午後2時から逍遥展示空間で、フリーアナウンサー日々野真理さんを進行役に伊藤宏樹選手のトークショウが開催された。

写真(撮影:藤井隆弘)=笑顔で話す伊藤選手、話を聞き出す日々野真理さん、逍遥空間に詰めかけた聴衆

061222talk01昼前には予定されていた500人分の整理券が全て配布され、3階の回廊から立ち見の人も出るほどの盛況。
トークショウの他に、昨年同様サポーター有志により企画運営されている「千頭いるか」の贈呈式、プレゼント抽選会、握手会が行われた。
日比野さんの「あせったり、あわてたりする姿を見たことが無い」という問いかけに「いま、結構あせってます」と答える伊藤選手だが、表情にその様子は冷静そのもの。開始当初は本人いわく緊張していたようだが、日比野さんの軽快な雰囲気に徐々に伊藤選手も言葉数が増えてきた。
開始早々での来季の契約の話では「一発更改」と答えると会場から大きな拍手。シーズンを振り返っては「無我夢中で順位は考えていなかった。2位は良い 結果だが、もう少しで優勝出来たと後悔もした」「全試合出場は終わってみてそうだったんだと思った」伊選手らしいコメント。ディフェンス陣の背の高さにつ いて聞かれた際には「二人(自分以外の)に見上げる位の高さがあるのは強み」「周平さん(寺田選手)は公式では189㎝だけど絶対190㎝超えてるはず」 と笑いながら語った。影響を受けた選手は? の質問の「で引退していった選手」という答えに、川崎というチームの雰囲気の良さを 具間感じた。
061222talk03 家庭では「基本的に家にサッカーは持ち帰らない」そうだが、結果が出なかった時には一人で落ち込んで奥様にダメ出しされたりもするらしく「ケンカになります」と笑顔で話し、お子さんのお風呂やおむつ替えもやる良いパパぶりも披露した。
健康については、「毎日ヤクルトを飲んでいる」そうで学校時代の皆勤賞もそのお陰だとか。(Jリーグアウォーズで『風邪引きさん』を告白した中村憲剛選手が伊藤選手の影響でヤクルトを飲み始めたのはご存知の方も多いだろう)
会場からの質問コーナーでは『石崎監督と関塚監督どちらが好きですか?』と問いにしばし言葉を詰まらせ、「両方好きです。今は関塚さんと一緒にやってるから 関さんの方が好きかな」「関さんは普段は優しいお父さんだけどユニフォーム着ると変わる。ベンチ蹴っちゃいますから」と答えると、会場は大爆笑。
 来季に向けては、「一戦一戦全力で戦い抜く抜くことが大切」「結果が出なかった時にどう出来るかが大事」とそれまでの笑顔と打って変わって真剣に答えていた。
最後には「チームが必要としてくれるのならずっとでプレーしたい」とうれししい言葉も飛び出した。
ACLを含めた来季、伊藤選手を始めの選手・チームに期待し、声援を送り続けたい。

2006-12-22 in 02)イベント・催事, b) 川崎市のニュース, b5) 川崎市中原区, スポーツ | Permalink | コメント (0) | トラックバック

川崎の中村・我那覇選手が駅前でトークショー

061222talk04 ボランティア記者 藤井栄美

12月16日川崎駅前のヨドバシカメラマルチメディア川崎ルフロンで、川崎の中村憲剛、我那覇和樹選手のトークショウが行われ、開始30分前には2階の回廊にまで溢れるまでの600人が詰め掛けた。

写真(撮影:藤井隆弘、藤井栄美)=(上から)会場、我那覇選手(左)、中村選手(右)、聴衆で一杯のルフロン

061222talk06061222talk07_1ナビゲーターに宮沢ミシェルさん、進行役にスカイパーフェクトTV(Jスポーツ)でサッカーリボーターとして活躍する傍らWebサイト「J‘sGOAL」で執筆も手がける高木聖佳さんを迎えて開催された。
今季、日本代表にも選ばれ活躍した両選手。リーグ戦では我那覇選手のゴール決定率1位について話が及ぶと「もっとシュートを打っていかないと」という反省 に「自分の方がシュート打ってるんじゃないかな」と中村選手のつぶやき。谷口選手とのダブルボランチで23点を稼いだ中村選手は「いつもタニに『ケンゴ行け ~っ!』って言われてます」と苦笑。宮沢さんの「え? 呼び捨てなの? 」という問いに「えぇ試合中は」と返答すると「自分はよくケンゴに怒られてます」 と我那覇選手。
面白かったのは「験(げん)かつぎ」。両選手とも『左足から』がポイント。中村選手は洋服も靴も左足から履く、我那覇選手はピッチ(グラウンド)への出入りは必ず左足から。(来シーズン競技場に足を運んだ際には要チェック)
061222talk05 質問コーナーでの「好きなタイプの女性は」という質問には、困る我那覇選手(奥様が会場にいらしていたそう)に宮沢さんが「ごめん! オレが悪かった」と 顔を赤くして謝る珍しい場面も。次に聞かれた中村選手は心の準備が出来ていたのか、立ち直った宮沢さんのつっこみにも笑顔で答えていた。
最後に来季について両選手からは、「リーグ戦では優勝を目指し、ACLでは一緒にアジアで戦いたい。今以上にみなさんから声援をいただいて一緒に喜びを分かち合いたい」と語った両選手。
気が付く頃には予定の1時間があっという間に過ぎていた。

2006-12-22 in 02)イベント・催事, b) 川崎市のニュース, b7) 川崎市川崎区, スポーツ | Permalink | コメント (0) | トラックバック

2006年12 月19日 (火曜日)

川崎の谷口選手:青いサンタ姿で多摩病院の子どもたち激励

061219santa01 「病気を早く治して元気になって」−川崎の谷口博之選手が12月19日、川崎市多摩区宿河原1丁目の川崎市立多摩病院を訪問、クリスマスよりひと足早く入院中の子どもたち20数人にプレゼントを贈って励ました。

写真=入院中の子にプレゼントを手渡す谷口選手

写真ニュース=谷口選手の慰問の様子を見る

チームマスコットのふろん太、ピーカーブーなどを従えて小児科のフロアーに表れた谷口選手は、前日のJリーグアウォーズの黒のタキシードから一変して、チームカラーにちなんだ青いサンタクロース姿。ふろん太もトナカイの角のついた帽子、ピーカーブーも星をあしらった青い帽子をかぶったクリスマスバージョンの衣装で子どもたちを喜ばせた。
待合室に集まった10人余りの子どもや年配の患者たちと声をそろえて「あわてんぼのサンタクロース」を歌った後、谷口選手は「元気になったら(ホームグラウンドの)等々力競技場へ試合を見に来てください」などと子どもたちを激励した。アウォーズでベストイレブンという大きな「プレゼント」を手にしたばかりの谷口選手は、この日は反対に、ふろん太の人形や「早く元気になって」などと記したサイン入りのクリスマスカードなどを握手をしながらひとりひとりに手渡した。
その後、プレゼントを持って病室を回り、ベッドで寝ている0歳から小学生までの子にプレゼントを渡し、やさしく声をかけたり、握手をしたりしてなごやかな交流のひとときを過ごしていた。子どもたちも付き添いの親も思いがけない訪問にびっくり。谷口選手と握手して子ども以上に感激するファンの若いお母さんもいた。
では市民クラブとして地域活動を、と1997年から毎年この時期に市内の病院などを選手が交代で青いサンタになって子どもたちにプレゼントを届けているが、谷口選手は今回が初めて。「子どもが好きなので楽しかった。こうした慰問はすごく大切なことだと思います」などと穏やかな表情で話していた。
12月20日には我那覇和樹選手が関東労災病院(中原区木月住吉町)を慰問する。

2006-12-19 in 03)健康・福祉 ・医療, 04)教育・子ども , b) 川崎市のニュース, b2) 川崎市多摩区, b5) 川崎市中原区, スポーツ | Permalink | コメント (0) | トラックバック

Jリーグ・川崎の中村憲剛、谷口博之選手がベストイレブン:2006Jリーグアウォーズ チーム初の快挙

061218awozu012006年のJリーグを締めくくる「2006Jリーグアウォーズ」(年間表彰式)が12月18日に横浜市港北区の横浜アリーナで開かれ、川崎のMF中村憲剛選手と同谷口博之選手がベストイレブンに選ばれた。チームからベストイレブンが選出されるのは初めて。

写真=トロフィーを持ち記念写真に応ずるベストイレブン

写真ニュース=Jリーグアウォーズでのの選手の様子を見る

アウォーズには、リーグ優勝した浦和レッズの全選手、J1各チームの代表選手と横浜FCの監督・選手などが出席、川崎からは、優秀選手に選ばれた中村のほか谷口、FW我那覇和樹の3選手が舞台から登場、自席についた。舞台正面に4位までのチーム、周囲はJ1、J2の各チームのフラッグが掲げられた会場は、サポーター約6000人で埋まった。
表彰式は、川淵三郎日本サッカー協会キャプテン、鬼武 健二Jリーグチェアマン、高円宮妃殿下、大相撲の白鴎関、タレントの佐藤江梨子さんらがプレゼンテーターを務め、年間優勝チーム表彰、功労賞、フェアプレイ個人賞、ベストイレブン、最優秀選手賞などの発表と贈呈式が行われた。
優秀選手の中から選ばれるベストイレブンにはGK・川口能活(ジュビロ磐田)、DF・田中マルクス闘莉王(浦和レッズ)、DF・山口智(ガンバ大阪)、DF・加地亮(同)、鈴木啓太(浦和レッズ)、MF・阿部勇樹(ジェフ千葉)、MF・中村憲剛(川崎)、MF・谷口博之(同)、MF・遠藤泰保博仁(ガンバ大阪)、FW・ワシントン(浦和レッズ)、FW・マグノ アウベス(ガンバ大阪)の11人が選出され、
晴れやかな表情で白鴎関から盾を受け取った。注目の最優秀選手賞(MVP)には闘莉王選手が、新人賞王には藤本淳吾(清水エスパルス)が選ばれた。
ベストイレブンに選ばれた川崎Fのダブルボランチのひとり中村選手は、舞台で宮澤ミッシェルさんに感想を聞かれ「風邪引きやさんだけど、今シーズンは風邪もひかず全試合に出られたのでいい成績が残せた」と胸を張り、谷口選手は「13点取れたのとチームが2位になったのが今回につながった」と落ち着いて分析した。このほか2005年に引退した相馬直樹さんら3人が功労賞に選ばれ「Jリーグがあったからこそ続けられた。とても光栄です」とあいさつ。
セレモニー後のパーティーには武田信平社長も出席、「優秀選手のなかから2人もベストイレブンに選ばれ感無量。10年の節目のよい成績を残せて感謝している。来季はさらに飛躍したい」と喜びを語った。

関連記事=Jリーグ・2006年優秀選手賞と優秀新人賞を発表>

2006-12-19 in 02)イベント・催事, b) 川崎市のニュース, スポーツ | Permalink | コメント (0) | トラックバック