2006年6月21日

狛江駅前で昭和30年代の小田急線の写真展

060621dennsya_1小田急線開業当時に使われた車両を改造した荷物電車や踏切が見える狛江駅など懐かしいモノクロを集めた「昭和30年代の小田急線の鉄道写真展」が6月23日から29日まで 小田急線狛江駅北口の泉の森会館2階ギャラリーで開かれる。

写真=和泉多摩川〜狛江駅間を走る荷物電車1100系(昭和34年・生方良雄さん撮影)

「狛江のまちを考える会(稲田幸一郎代表)」が、田園風景の広がる多摩地区が東京郊外の住宅都市へと発展していく様子をまちづくりの参考と催すもの。昭和30年は狛江が村から町制になった翌年で、小田急沿線はこの10年間で住宅地へと大きく様変わりし、鉄道の輸送力も年を経ることに右肩あがりにアップした時代だ。
展示写真は、狛江市の吉原実さんら「小田急電車を撮る会」(生方良雄代表)が撮影した新宿〜向ヶ丘遊園間を走る客車、線路、駅舎など約20点とまちを考える会が集めた駅前や当時の沿線の風景写真約10点を展示。このほか、登戸駅や向ヶ丘遊園駅など駅名が変遷なども紹介する。
入場は無料で、展示時間は午前10時から午後6時。問い合わせは電話03(3430)5444泉の森会館。

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2006年5月31日

田園調布学園大学で公開講座:6月10日から24日に

川崎市麻生区の田園調布学園大学が、「『21世紀を生きる』〜音楽・歴史・文学は生の鼓動」をテーマに6月10日から24日の毎土曜公開講座を開催、参加者を募集している。

講座は同大学人間福祉学部と短期大学部が主催。
日程と内容は
●6月10日=「音楽の力 マリンバ実演奏を交えて〜文化遺産としての音楽の役割と展望」。講師、マリンバ奏者・奥平哲也さん。
波乱の歴史の時代を生き曲を作った人の信念、演奏者の願い・聴衆の想いを想像しながら響きにふれる。「この道」「アヴェ・マリア」「奥平作品」などの演奏付き。
●6月17日=「てらこやの四季〜江戸の寺子屋のはなし」。講師、田園調布学園大学教授・田中克佳さん。
江戸時代の初等教育機関「てらこや」と都市に焦点を合わせスライドを使って江戸の子どもたちの学習のイメージを試みる。
●6月24日=「夏目漱石と現代〜家族・個人の立場から」。講師、田園調布学園短期大学教授・影山恒男さん。
文豪としての漱石だけでなく、夏目房之介の「孫が読む漱石」などを参考にしながら、漱石の家族観、個人の意識などをさまざまな角度から、明治人気質の漱石の考え方、生き方を考える。
時間はいずれも午後2時20分〜午後4時20分、会場は、同大学4号館441講堂。受講料は無料。申し込みは
葉書に受講日、住所、氏名、年齢、電話番号、性別を書き、〒215-8542  川崎市麻生区東百合丘3-4-1 田園調布学園大学図書館内・公開講座係。問い合わせは電話044-966-3443同大図書館内・公開講座係。

 

 

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2006年5月16日

日本民家園が5月20日と6月3日にライトアップ:夜の古民家を特別公開

「夜の古民家を楽しんで」と川崎市多摩区枡形の市立日本民家園で5月20日と6月3日に夜間特別公開が行われる。当日は、園内にある古民家6棟をライトアップするほか、いろりばたで昔話を聞く会も催される。

当日は、江向家、山田家、野原家、山下家の合掌造り4棟と、長野県にあった佐々木家、千葉県にあった作田家の合わせて6棟をライトアップ、江向家、山田家、佐々木家ではいろりに火を入れるなどして床上公開を行い、夜の民家の雰囲気を味わってもらうことにしている。
また、作田家では「古民家で聞くむかし話」と題して多摩区の市民グループ「多摩ストーリーテリング・おはなし万華鏡」のメンバーが、「女房の首」「油とり」(5月20日)、「ほらあなさま」「朝日長者と夕日長者」(6月3日)などのちょっぴりこわい話をいろりばたでする。
同園では2003年3月29日に初めてライトアップを行い好評だった。その後も希望が寄せられたものの、準備作業がたいへんなこともあり、見送られてきた。園では、多くの人に夜の古民家の魅力を楽しんでもらおうと、照明用の配線施設や投光器などの機器の整備などを行い、開催にこぎつけた。
入園は山下家前の入り口からで、料金は300円(中学生以下は無料)。時間は両日とも午後6時から8時。「むかし話」の会は、両日とも6時15分と7時15分の2回実施し、定員は先着30人。参加は入園料のみ。
問い合わせは電話044-922-2181日本民家園。
ホームページhttp://www.city.kawasaki.jp/88/88minka/home/minka.htm

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2006年5月 2日

泉の森会館で「思い出の『銀行町』展:狛江三叉路付近の賑わいを

060502ginkoumati01 小田急線狛江駅北口の泉の森会館ギャラリーで4月29日から、狛江市東和泉の狛江三叉路付近の昔の町並み写真などを展示する「思い出の『銀行町』展」が催されている。5月3日午後1時〜3時30分には同館3階ホールで午後1時から、地域に住む人が当時の町の賑わいぶりや町の様子を語る「昔の『銀行町』について聞く会」も開かれる。

060502ginnkoumati03_1 「銀行町」は、狛江市の世田谷町田線と狛江通りがぶつかる狛江三叉路付近(東和泉1丁目と2丁目の一部)のことで、多摩川の渡し場へ向かう大山道と調布・府中方面へ行く品川道が交差する昔からの交通の要所だ。純農村地帯だった明治33年、この場所に旭貯金銀行狛江支店が創業され、大正3年に倒産したことから「銀行町」と名付けられ、付近の町会「銀行町親和会」(栗山祥夫会長)に名が残っている。
銀行倒産後、料理屋、呉服屋、床屋、カフェ、青物市場、射的場、写真館、芝居小屋などが次々でき村一番の繁華街だった。戦後もパチンコ屋2件が2件あり、昭和30年代後半まで賑わいを見せていた。
060502ginkomati02jpg 展覧会は、銀行町親和会の栗山祥夫会長、飯田吉明副会長らが集めた35点の写真、聞き取り調査して描いた昭和10年、30年と現在の地図、和菓子屋の菓子の木型や焼きごて、質屋の台帳などのほか明治時代の文机、火ばち、祭りの半纏(はんてん)などの生活道具を展示している。
展示時間は、午前10時から午後6時。参加は無料。問い合わせは電話03(5497)5444泉の森会館。

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2006年4月29日

狛江市の酒屋で地域ヒーロー「コマレンジャー」の日本酒販売

0604292 狛江市の地域ヒーロー「多摩川戦隊コマレンジャー」のラベルを貼った日本酒が狛江市駒井町の籠屋秋元商店でこのほど売り出された。この酒は、コマレンジャーが誕生した2003年に長野県佐久市の千曲錦酒造が作った純米無濾過の熟成純米酒で、同店で販売するほか市内や渋谷区の居酒屋でも扱われ人気を呼んでいる。

酒は、KOMA RED(狛江の守護神)、KOMA BLUE(多摩川の水神)、KOMA GREEN(五本松の化身)、KOMA YELLOW(小足立忍者の末裔)、KOMA PINK(まとじひめの子孫)の5人のヒーローと悪役のバカラス軍団の6種の4合(720ml)瓶のほか5人のヒーローを扱った一升(1.8l)瓶がある。価格は4合瓶は1260円、一升瓶は2415円。
060429 コマレンジャーは、同市を元気な町にしようと市民団体の狛江応援団が企画。2003年7月に同市元和泉で開かれたほおずき市に初めてお目見えした(写真・左)のを手始めに、市内のさまざまなイベントに呼ばれてショーを開催、最近は狛江市と交流する川口町のイベントなどにも参加、子どもたちだけでなく幅広い年代に指示されている。
コマレンジャーを地域おこしのツールに活用しようと、協賛企業・商店主などでコマレンジャー・プロジェクトが発足。コマレンジャーのキャラクターを使った「狛江発」の商品の第一段として、秋元賢社長に相談したところ、蔵元の協力で2003年に仕込んだ酒のうちタンク一本分(一升瓶600本分)の酒に特製ラベルを張り、売り上げの一部がコマレンジャーの活動資金となることが決まった。
3月から限定販売されているが、秋元社長によると話題性だけでなく味の良さで求める客も増え、現在約30件の居酒屋でも取り扱われている。
問い合わせは電話03(3430)8931籠屋秋元商店。

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2006年4月 9日

狛江市の泉龍寺で花祭り

06040901 狛江市元和泉の泉龍寺で4月8日、お釈迦様の誕生を祝う「花まつり」が行われ散歩や墓参りに訪れた参拝客は、境内の本堂前に置かれた花御堂(はなみどう)の小さな仏像に甘茶をかけ、同寺が用意した甘茶を飲んで伝統的な行事を味わっていた。

02_2 「灌仏会(かんぶつえ)」と呼ばれるこの行事は、花園で生まれた釈迦が、右手で天を左手で地を指し「天上天下唯我独尊」と言ったとき、天から9匹の竜が降りてきて香水をふり注いだという言い伝えに基づく仏教行事。多くの花が咲く季節に行われることから日本では「花祭り」と称され、かつては全国各地の寺で花で飾った堂のなかに桶に入った仏像を安置して甘茶をかけて祝う行事が行われたが、いまは本堂でお経をあげるだけという寺が増えている。
03_2 同寺では、近くに住む檀家から届けられるツバキの花を使って毎年行われており、体に良いとされる甘茶をいただくのを楽しみにしている市民もいる。この日は、参拝に来られない家族のためにペットボトルに甘茶を入れて持ち帰る市民や家族に伴われた臨月の女性などが次々と訪れていた。

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2006年3月 9日

エポック中原で12日に民俗芸能発表会:川崎市内の12団体が地元に伝わる芸能を披露

結婚式など祝いの席で歌われた歌など、いまも川崎市内で市民に受け継がれている民俗芸能の発表会が、2月12日午前10時から午後4時まで南武線武蔵中原駅前のエポックなかはらで開かれる。

川崎市民俗芸能保存協会と川崎市教育委員会が主催。市内の12団体が、イスの上にタワラなどを乗せてバランスを取りながら力自慢をする芸など祭りの時にしか見られないふるさとの芸能を披露する。演目最後には紅白のモチが配られる。
出演団体と演目は付きの通り
○祭囃子=宮内祭囃子保存会
○祭囃子おかめの手踊り=野川囃子保存会
○祝歌「初瀬」=菅祝歌初瀬保存会
○兄弟獅子と手踊り=若宮八幡宮囃子保存会
○土橋万作踊り=土橋万作踊り保存会
○祭囃子と囃子神楽「おかめの手踊り」=神地祭囃子保存会
○奥の居囃子=中島八幡神社囃子保存会
○有馬大正踊り八木節=有馬大正踊り八木節保存会
○囃子神楽悪魔祓い=宿之島囃子保存会
○獅子のこより通り=大戸神社祭囃子保存会
○祭囃子・獅子舞と大黒舞=諏訪神社祭囃子保存会
○囃子・曲持=新城郷土芸能囃子曲持保存会
入場は無料。

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2006年3月 1日

川崎市役所第3庁舎にハナモモ:宮前区馬絹の生産者が寄贈

060301momo2_3 ひな祭りを前に2月28日、川崎市宮前区の花卉(かき)生産者らが川崎市庁舎を訪れ同区馬絹の特産品「花桃」を寄贈した。贈られた木約1本分高さ3m以上の濃いピンクのハナモモ「新矢口」は、第3庁舎ロビーに展示されており、来庁者をなごませている。展示は3月6日まで。

写真(上から)= ハナモモ「新矢口」のアップ、川崎市役所第3庁舎に飾られたハナモモ、阿部市長に花を渡す吉田義一さん(右)

060301momo1_3 川崎市経済局農業振興センターによると、馬絹の花栽培は歴史は古く江戸時代中期までさかのぼる。特に「枝折(しお)り」と呼ばれるウメ、モモ、サクラなどの枝物を荷造り技術は関東屈指と言われ、大正時代には「馬絹花き生産組合」(JAセレサ川崎花き部馬絹支部の前身)を創設、大正から戦前は隆盛を極め、最盛期には毎日都心にトラック10台で出荷されるほどの人気を集めたという。ハナモモの出荷は、桃の節句の1週間ほど前までがピーク。つぼみの小さいうちに切り枝を室(むろ)に入れて花の促成を行う。その技術はいまも高く、約15人の生産者は1月下旬から2月までほとんど都心の市場に出荷、高い評価を得ている。1985年度には「かながわ名産100選」に、1999年にはかわさき農産物ブランド「かわさきそだち」に選ばれた。
060301momo3 生産者らは、川崎を代表するこの技術を市民に知ってもらうため、数年前から出荷作業が一段落したこの時期に川崎市に寄贈を行っている。この日花を届けたのは、小泉一郎JAセレサ川崎代表理事組合長のほか吉田義一JAセレサ花き部馬絹支部ら9人。市長に花束を渡した後、吉田さん、小泉秀民さん、田辺裕崇さんの3人が、高さ80cmほどの大きな花瓶にハナモモを生けこんだ。

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2006年2月18日

多摩市民館で「たまんちゅ交流集会2006」:平和願い演劇やコンサート、映画を上映

060218tamantyu1 平和を願う多摩区の市民団体の集い「たまんちゅう交流集会2006」(川崎市教育委員会主催)が2月19日午後1時30分から多摩市民館で開かれる。

写真>「わたしたちの物語」の1シーン

集会は3部構成で、1部(午後1時30分〜)は、同館の学習講座「脚本づくりワークショップ」「演劇わっくしょっぷ2」のコラボレーション。4つの脚本を中学生から主婦、教師、60代の男性など14人が、それぞれの脚本のシーンをベースにその場の雰囲気に合わせたアドリブを多用してダンスでつなぐ、実験的な演劇発表「わたしたちの物語」。
2部(午後2時30分〜)多摩区生田に住んでいた寺島尚彦さん(故人)が作詞・作曲、平和への祈りとして有名な沖縄戦の悲劇を歌った「さとうきび畑」を元に寺島さんの娘でソプラノ歌手の寺島夕紗子さんの歌と話、江川真理子さんのピアノでつづる「さとうきび物語コンサート」。
3部(午後3時30分〜)は、80代のいま、失われた青春を取り戻すかのようにロックを踊り50年ぶりに水着を買ってプール泳ぐ川崎市川崎区桜本に住む朝鮮・韓国出身の在日1世のおばあちゃん(はんめ)たちの暮らしを追ったドキュメンタリー映画「花はんめ」(2004年制作)の上映会と同映画の金聖雄監督のミニ講演。
いずれも入場は無料。問い合わせは電話044(935)3333多摩市民館。

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高津区で2月19日に大山街道フェスタ:新会場の二子神社で湯とうふ配布

川崎市高津区のメインストリート——大山街道を見直そうと溝口緑地(高津図書館前広場)など3カ所で2月19日午前10時30分から午後2時30分まで「大山街道フェスタ」(大山街道フェスタ実行委員会、大山街道活性化推進協議会主催)が開かれ、大鍋で作った湯豆腐の配布やフリーマーケットなどが催される。

大山街道は、赤坂御門を起点に伊勢原から大山阿夫利神社に至る「大山詣(もう)で」の道として古くから親しまれている。高津区の街道沿いは江戸時代は多摩川の宿場町として栄え、江戸や明治に開業した店が多く残り、市内でも最も古い商業地のひとつ。作家・岡本かの子、陶芸家・浜田庄司の生誕地としても有名。
フェスタは地元市民による手作りイベント。3回目のことしは、岡本かの子の文学碑がある多摩川添いの二子神社が新たに会場に加わった。
主な内容は、溝口緑地では「大山街道物産市」と銘打って街道沿いの商店の出店、フリーマーケット、バルーンアート実演、三味線演奏のほか豚汁、赤飯、生野菜などの販売。高津図書館では午前11時と午後1時30分から「みぞのくち村むかしむかし」と銘打って溝口に伝わる民話をカナリヤ人形劇で上演する。大山街道ふるさと館では、落語と以前街道沿いで和菓子屋を営業していた荻島満朗さんが「打ち菓子」づくりを実演、大山街道に関する展示などを行う。
二子神社では、フェスタの名物「高津ゆどうふ」の無料配布(無くなり次第終了)、モチ、けんちん汁の販売、フリーマーケット、高津健康の森の竹で作った竹馬遊び。このほか、区内の名所案内の活動を続けるシルバーガイドメンバーが、大山街道を歩きながら解説する「街道ウォーク」(受け付け、二子神社)が行われる。参加はだれでも自由。雨天の場合は一部のイベントが中止になる。
問い合わせは電話044(861)3133高津区役所区政推進課。

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2006年2月10日

日本民家園で合掌造りの屋根葺き替え工事:2月19日と25日に見学会

川崎市多摩区枡形の川崎市立日本民家園・旧山田家住宅で2月18日と25日午前10時30分〜11時30分に合掌(がっしょう)造り屋根の葺き替え工事の現場見学会が催される。

山田家は、富山県東礪波郡上平村 の越中五箇山桂集落から移築した17世紀後期の合掌造り。同園「信越の村」コーナーにあり神奈川県の重要文化財に指定されている。同園では、2005年2月に五箇山から屋根職人を迎えて本格的な片面葺き替え工事を行い、期間中に見学会を開いたところ、定員の2倍が並ぶ人気で後日再度見学会を催した。
昨年に続き2月上旬からのもう一方の葺き替えが始まり、ことしも見学会を開くことになった。
当日は、同園職員が現場で工事の様子などを説明する。足場などの組み立てや進ちょく状況によって足場にあがって見学できる可能性もあり、同園では動きやすい靴での参加を呼びかけている
。希望者は山下家住宅前(白川郷・そば屋)に集合。定員は先着30人で、午前10時から整理券を配布する。雨天の場合は中止。
工事は3月上旬まで行われ、期間中の周辺からの見学は自由。
見学は無料だが、入園料は、一般500円、高校生・大学生300円、中学生以下と65歳以上は無料。問い合わせは電話044(922)2181日本民家園。

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2006年2月 9日

多摩区役所で2月10、11日にまちづくりフェスタ:区の魅力や問題点を紹介

川崎市多摩区の小学生にアンケートした「校区内危険度マップ」や市民が調査した区内の石像物マップなど、多摩区の魅力や問題点を紹介する「第4回まちづくりフェスティバル」が、2月10日と11日の午前10時から午後3時まで多摩区総合庁舎1階ロビーで開かれる。

フェスタは、 多摩区まちづくり推進協議会(田嶋郁雄会長)が主催、同会の57人の区民が「安全で賑わいのあるまち」「環境」「福祉関連」「文化教育」の4部会に分かれ、今年度の活動報告を行うもの。11日はおとな対象の報告・発表「まちづくり広場〜こんな活動しています」で、11日は親子を対象の「こども広場 みんなで楽しく遊ぼう!」を催す。
初日に展示する子どもの目から見た危険度マップは、2005年6〜7月に交通量の多い場所や見通しが悪区危険な道、不審者に声をかけられた場所などについてのアンケートをまとめたもので、最近増えている子どもの事故や事件の被害防止に役立つ内容。多摩区石像物マップは昨年の旧津久井街道歴史マップに続き、平瀬川沿い、二ヶ領用水宿河原線沿いにある地蔵、記念碑など石像物を写真と短文で紹介。このほか放置自転車対策、高齢者や障がいを持つ人にお薦めの福祉散策マップ、生ごみ堆肥、花と緑のまちづくりの紹介などをパネルで展示する。来場者には、歴史マップや前年まとめた区内の小学校区危険度マップを配布し、各部会の委員が内容を説明をする。ナメコ、ノラボウ菜など地場農産物の紹介コーナーもある。
2日目のこども広場は、幼児から小学生を対象にプラバン、ぬりえ、どんぐりあそび、風車、竹細工など親子で遊べる工作コーナーを設けるほか、午前11時から子ども限定のもちつき(先着順)も催される。
また、フェスタ終了後の12日〜22日まで吹き抜け広場で活動報告パネル展示も行われる。
問い合わせは電話044(935)3148多摩区役所地域振興課。

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2006年1月28日

麻生不動院のだるま市:7万人の人出で賑わう

060128daruma1_1 川崎市麻生区下麻生の麻生不動院で1月28日、だるま市が開かれ昨年より2万3000人多い約7万人(麻生警察署調べ)の人出でにぎわい、境内はだるま屋の客寄せの呼び声とだるまに魂入れする威勢のいい掛け声があがっていた。

ことしは土曜日と暖かく穏やかな好天に恵まれ、境内には朝早くから次々と家族連れの客が訪れ、午前11時過ぎにはだるまやお札を求める人でぎっしり。沿道はラッシュアワーに電車並みの人波に、参道の一部が一方通行になる時間帯もでるほど。だるまの売れ行きもまずまずで、寸法によっては早々と売り切れになるだるまもあった。
060128daruma2 だるま屋によると、売れ筋は高さ15〜20cmの5〜7号、価格は2500円から4000円のもの。それ以上の大きなだるまはほとんどが名入りの予約客という。地元の下麻生の人たちが出店する「王鶴組合」のだるま屋では、訪れた顔なじみの客が楽しげに価格を交渉したり、だるま屋からふるまわれたお神酒でノドをうるおし、近況を話すなごやかな光景も見られた。
普段は閉じられている本堂は、火伏せのお札の販売や護摩法要、念仏講も行われた。本堂脇では、地元下麻生自治会の役員らが「お炊き上げ」する前年のお札やだるまを受け取っていた。
周辺の道にはだるまをはじめ植木や食べ物、陶器など約400店の露店が並び、普段静かな住宅地は、終日にぎやかな売り声が響いていた。またバス通り添いでは、空き地を臨時の有料駐車場にする家やなかには近所の人と一緒にフリーマーケットをする家もあった。
同院のだるま市は、旧暦で関東地方最後に開かれるため「納めのだるま市」と呼ばれて親しまれ、遠方からも多くの客が訪れる。年に一度の恒例行事のために地元では、境内や参道、周辺道路の雪かきをして準備。当日は、下麻生自治会役員らが本堂脇に前年のお札やだるまを受け取る臨時の受付所を設置して参拝客が持ち込むだるまを整理、翌日に境内でお炊き上げを行っている。

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2006年1月25日

1月28日に麻生不動院でだるま市

060125daruma 麻生不動院(川崎市麻生区下麻生801)で1月28日、恒例のだるま市が開かれる。
旧暦で関東地方で最後に開かれることから、「関東納めのだるま市」として親しまれており、毎年多くの人が縁起物のだるまなどを求めに訪れる。ことしは土曜日とあってかなりの人出が予想される。

「とくさ不動」とも呼ばれる麻生不動院では、神棚や火を使う台所に張る「火伏せ」のお守りなどを売るほか、境内や参道には午前8時ごろから地元の「王鶴組 合」をはじめ約400店の露店が並び、だるまに加え農機具や植木、乾物、焼きそば、お好み焼きなどの食べ物の店がずらりと並ぶ。
当日は小田急線柿生駅などから臨時バスも増発される。

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2006年1月23日

「多摩川に虹をかけた男 田中兵庫物語」:プロ・アマ4劇団と公募市民らが好演

060123geki3 川崎宿の復興や多摩川、二ヶ領用水の治水事業を手がけた江戸時代の偉人・田中兵庫(別名=丘愚・きゅうぐ、1662〜1729年)の生き方を題材にした創作劇「多摩川に虹をかけた男 田中兵庫物語」が、川崎市高津区溝口のすくらむ21ホールで1月21日に初演された。公演には、市内のプロ・アマ劇団や演劇関係者が協力、小学生から中高年の公募市民のほか「民藝」のベテラン俳優・今野鶏三さんも出演、約70人が舞台に登った。舞台は、引き続き川崎区や麻生区でも公演される。

写真=上・歌で盛り上げるフィナーレの場面、下・練習後のダメだしの指示を出す演出家の高木達さん(いずれも京浜協同劇団での練習風景)

この舞台は、川崎市文化室が毎年行っている青少年舞台芸術活動事業の一環で、青少年舞台芸術活動実行委員会(鈴木穆実行委員長)と市が主催、市教委が後援する。これまではヤングミュージカルとして小学生から大学生までの公募市民で音楽、ダンスを中心に市内の脚本家らが書いた創作音楽劇を公演してきたが、5回目を迎えることしは、川崎市の社会科副読本にも載っている郷土が誇る偉人・田中兵庫を取り上げ本格的な演劇公演を行うことになった。脚本は実行委のひとり小川信夫さんが、演出は劇団青年座の高木達さんがそれぞれ担当した。
060123geki2_1 作品は「六郷に虹をかけた男」として以前に市内の劇団が公演しており、それを見た演劇関係者からの提案もあって、子どもが出る場面と50歳以降の兵庫の生き方を加筆。子どもだけの出演では、表現するのは難しいとアマ劇団「京浜協同劇団」「劇団川崎演劇塾」のほかプロの「劇団民藝」「人形劇団ひとみ座」が協力、俳優が出演することになった。公演にあたっては、内容を理解するために出演者も参加するシンポジウムや現地調査も行うほど力を入れて取り組んできた。
劇は「川崎宿場の巻」「江戸の巻」「治水の巻」の三部で、川崎宿を復興させて名主となり50歳で江戸の荻生徂徠の門下に入り「民間省要(みんかんせいよう)」を書き、八代将軍徳川宗吉に認められて多摩川などの治水事業を成し遂げるまでの兵庫の業績を、多摩川の反乱、農民の苦しみを体全体で受け取り改革を夢みる名主・源蔵との路線の違い、その意志を継ぎ改革案をかきあげるなど全般を史実に基づいてドラマチックに描いている。
出演者は、昨年10月からスクラム21などで主に土・日曜けいこに入り、子どもたちは、プロの指導者やまわりのおとなの演技力に刺激を受け、表現する楽しさを身につけてきた。4回目の参加の三田和季(菅中1年)は「劇をもっとやりたいと思って参加した。時代劇だけど古くさくなく楽しい」と目を輝かす。せりふもある役についた中原区の大学生中井健太さんは「異年齢の集団の中で、子どもからはエネルギーをおとなからはプロの演技を教えてもらい、いい経験をしている。楽しめる劇なのでぜひたくさんの人に観てもらいたい」と意欲をみせている。
民藝の今野さんは「これまで、劇団と地域をつなぐ活動をしてきたので引き受けた。いい舞台を作るのはプロ、アマのかわりがなく、いろんな経歴の人が混合チームをつくりけいこ場でエネルギーをぶつけるのはとても刺激になる」と話している。
担当の文化室によると、公演初日の21日は雪が降るあいにくの天気だったが300人が入場、翌日は700人とほぼ満席だった。次の公演は1月28日午後6時30分から川崎市教育文化会館、4回目は2月11日午後2時と午後6時30分麻生市民館で行われる。主催者は「川崎の基礎を作り上げた人物のひとりを取り上げた作品なので、多くの市民に観てもらいたい」PR活動にこれまで以上の力を入れており、川崎の北部地区の特定郵便局の協力で局内にチラシを展示、麻生区内の8カ所の郵便局で麻生市民館の入場券を取り扱っている。
入場券はおとな2000円(当日2500円)、子ども(18歳以下)500円。問い合わせは電話044(813)0808川崎市男女参画センター(FAX044-813-0864)または044(200)2280川崎市文化室。

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2006年1月15日

狛江市の多摩川でどんど焼き:伝統の小正月行事に1500人喚声

060115d01 狛江市の多摩川河川敷で1月15日、どんど焼きが行われ、訪れた約1500人(主催者発表)が燃え上がる大きな炎に喚声を上げながら、小正月の伝統行事を楽しんでいた。

このどんど焼きは、狛江市ボーイスカウト・ガールスカウト連絡協議会(服部英広会長)が毎年催しているもの。ことしは小田急線多摩川鉄橋の工事や安全性を考慮して、これまでの水道橋下流から宿河原堰(ぜき)上流の多摩川緑地公園グランドわきに会場を移した。
会場の移動で人出が心配されたが、前日の風雨とはうって変わった春を思わせる穏やかな好天に恵まれ、正月飾りなどを手にした家族連れなどが次々に訪れた。
午前10時過ぎ、「新しい年を迎え、さらにすばらしい活動をしましょう」と服部会長があいさつ、神主によるおはらいの後、高さ数メートルの小屋にボーイスカウトとガールスカウトの団員2人がたいまつで点火した。大きな赤い炎と煙が上がると、約100人のボーイスカウト、ガールスカウトの団員をはじめ、取り囲んだ人たちからどよめきが上がった。会場では甘酒とお汁粉のサービスも行われ、長い列ができていた。
同市内では50年ぐらい前までは各地で小正月に行われ、「セイノカミ」と呼ばれて親しまれたが、都市化につれて姿を消し、現在ではこの多摩川だけになってしまった。訪れた矢野裕市長も「貴重な伝統行事をぜひ守り続けていってください」と団員たちを激励していた。
小屋は、昨年秋に調布市の河川敷で刈り取った2トントラック2台分のカヤと市内で切り出した竹を材料に14日に組み上げた。団員約50人が午前8時から数十本の竹を切り出し、会場に運んで組み立てたが、午後から強い雨と風に見舞われ、「雪や小雨のなかで組んだことはあるけど、こんな悪条件は初めて」という声があがったほど。ずぶぬれになりながら5時ごろまでかかってようやく完成したという。

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むいから民家園でマユ飾り

050115mayu1 小正月の伝統行事を楽しんでと、狛江市立古民家園(むいから民家園・元和泉2丁目)で、1月14日、親子20人とボランティアなどがまゆ玉飾りを行った。

写真(上から)=マユ玉の飾り付け、完成したマユ飾り、粉付き、ハサミを使ってマユ玉を加工

050115mayu4_1まゆ玉飾りは、かつて養蚕が盛んだったころマユの豊作を願うために養蚕農家で盛んにおこなわれていた。この日は、ボランティアが午前8時からかまどに火を くべて大かまで湯を沸かして準備。上新粉(米の粉)約7キロを蒸し、小学生や飛び入り参加の市民が土間でウスとキネを050115mayu2_1使って上新粉を4ウスついた。その 後、モチ状になった生地を伸ばして小さく切り、マユや動物など思い思いの形に整え、粉をひく石ウスに刺したヤナギのケヤキの枝に飾った。参加した子ども はハサミを使ってウサギなどを笑顔で作っていた。
050115mayu3 飾り付けの間に、ボランティアが残った生地をダンゴにしてきなこやアンをのせて参加者にふるまった。
マユ飾りは高さが約3メートルの立派なもので約1週間展示する。

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2006年1月 7日

麻生区役所で七草かゆ:400人が伝統の味楽しむ

06010701_1 地元産の食材で伝統行事を味わって——川崎市麻生区役所で1月7日、麻生産の米やモチ、野菜、炭で作った「あさお古風七草粥(がゆ)の会」が催され、穏やかな日差しの中で子ども連れの主婦やお年寄りなど約400人が「ふるさとの味」を楽しんだ。

写真=麻生文化協会会員が作った七草の寄せ植え(手前)と粥を食べる親子
あさお古風七草粥の会の写真を見る>

 

麻生区文化協会(杉本長治会長)が無病息災を祈る地域の食文化として多くの市民に体験してもらおうと麻生区役所と共催、3回目を迎えた。テントの中で和服を着た文化協会の女性会員らが午前9時から大きな鍋で米1に対し水7の割り合いで、前日に下準備したダイコン(スズシロ)、カブ(スズナ)、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホチケノザ、セリを入れ約1時間かけて ゆっくり粥を炊きあげ、早野聖地公園のボランティアが作った炭を使ってモチを焼きお椀に入れて粥を入れて販売。1食100円とあって、湯気に誘われて気の早い市民が開始の11時前に並び始めた。
06010709_2 参加した市民は、広場に設けられたイスに座って湯気の立つかゆをすすりながら「おいしくて体が暖まる」「家で七草をそろえるのは大変なので、ここで食べられとてもよかかった」などと話しており、中には入れ物をもって持ち帰る人もいた。地名のついた昔の特産品の「万福寺ニンジン」の試食も行われ「どこで売っているの」とたずねる人も多く好評だった。
会場には、ことしはじめて炭焼きや食材のモチ作りの写真も展示。市民館入り口横の階段状になった屋外ステージでは、「麻生童謡を歌う会」が正月にちなんだ歌や「手遊び歌」やなつかしい唱歌を披露。細山お囃子連が獅子舞などを演じて七日正月に花を添えた。会場に用意された羽子板、コマ、ケンダマなどの懐かしいおもちゃで遊ぶ親子連れもいて、参加者は昔のお正月気分を楽しんでいた。

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2006年1月 1日

調布七福神:1月7日まで実施

調布市の調布七福神めぐり(調布七福神会主催)が、7日まで催されている。1986年から始まったもので、深大寺をはじめ調布不動尊として知られる常性寺など7寺の七福神をまわる。
色紙700円、朱印帳1000円、朱印各300円。
時間は午前9時から午後5時。

◇昌翁寺(寿老人)
調布市仙川町3-7-1 電話03(3300)2860
交通=仙川駅歩3分
徳川幕府の旗本飯高主水貞政が慶長年間(1596〜1615年)に菩提寺として建てたという。

◇明照院(弁財天)
調布市入間町2-19-12 電話03(3300)8979
交通=つつじケ丘または調布駅からバス明照院前歩3分
室町時代の創設。日本三弁財天のひとつ、琵琶湖・竹生島の宝厳寺にある弁財天を勧請したといわれる。

◇祇園寺(福禄寿)
調布市佐須町2-18-1 電話0424(84)0811
交通=布田駅歩15分
天平年間(729〜749)開山の古い歴史を持つ。明治の末に板垣退助が植えた「自由の松」がある。

◇深大寺(毘沙門天)
調布市深大寺元町5-15-1 電話0424(86)5511
交通=調布駅からバス深大寺
天平5(733)年に満功上人が開山したという市内一番に属するの古寺。7世紀末に作られたという白鳳仏や、永和2(1367)年の銘が入った梵鐘は重要文化財に指定されている。

◇常性寺(布袋尊)
調布市国領町1-2-8 電話0424(82)8013
交通=布田駅歩5分
鎌倉時代に創建され、「布田のお不動さん」として親しまれる。千葉県成田山不動尊の分神をまつった不動堂がある。

◇大正寺(恵比寿)
調布市調布ケ丘1-22-1 電話0424(82)2370
交通=調布駅歩5分
奈良時代開山という寿福寺と寶性寺、栄法寺の3寺が大正4(1915)年に合併した寺。

◇西光寺(大黒天)
調布市上石原1-28-3 電話0424(82)3320
交通=西調布駅歩5分
応永年間(1394〜1428年)開山。観音堂に安置されている大黒天は、江戸時代初期には本尊の阿弥陀如来とともに庫裡にまつられていたという。

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川崎七福神:7日まで実施

川崎市中原区にある川崎七福神は1983年始まったもので、1日から7日に催されている。色紙(各寺で販売)300円、朱印200円、朱印帳300円(文具屋で販売)。
受付時間は午前9時から午後5時まで。
問い合わせは電話044(711)0729事務局。

◇大楽密寺(布袋尊)
川崎市中原区木月1492 電話044(411)3725
交通=東横線元住吉駅歩15分
鉄骨造りの本堂には4体の布袋尊がまつられている。

◇西明寺(大黒天)
川崎市中原区小杉御殿町1-906 電話044(722)4524
交通=南武線・東横線武蔵小杉駅歩15分
中原街道に沿った徳川家ゆかりの寺。一木造りの大黒天は木食上人の作といわれる。本尊は大日如来。

◇無量寺(寿老人)
川崎市中原区中丸子498 電話044(411)4184
交通=南武線平間駅歩10分
本堂や寺宝は戦災によって焼失、現在の本堂は1954年に再建された。本尊は阿弥陀如来。寿老人の周りには他の七福神もまつられている。

◇安養寺(福禄寿)

川崎市中原区上新城1-9-5 電話044(777)0706
交通=南武線武蔵新城駅歩3分
関東大震災に遭い、仮堂だったものを1966年に再建。本堂は近代的なコンクリート造り。本尊は大日如来。

◇宝蔵寺(弁財天)
川崎市中原区上小田中387 電話044(766)8628
交通=南武線武蔵新城駅歩8分
永正17(1520)年に創建された。閻魔堂、地蔵堂と並んで建つ弁天堂にまつられている弁財天は、江戸時代中期の作といわれる。

◇東樹院(毘沙門天)
川崎市中原区宮内203 電話044(766)5546
交通=南武線・東横線武蔵小杉駅からバス・蔵前歩1分
大きなイチョウなどがある庭の毘沙門堂に、長禄年間(1457~1460年)ごろに発見されたという毘沙門天がまつられている。

◇大楽院(恵比寿)
川崎市中原区上丸子八幡町1522 電話044(411)7327
交通=東横線新丸子駅歩6分
奈良の長谷寺の直轄で、本尊は長谷寺と同じ十一面観世音菩薩をまつる。本堂の釈迦如来像は市文化財に指定されている。恵比寿堂には新旧2体の恵比寿像がある。

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1つの寺で七福神そろう町田市の高蔵寺

町田市三輪町の見星山三輪院高蔵寺の境内には七福神の石仏があり、7つの功徳が一度に授かると新年に訪れる人が多い。

同寺の七福神は約70cmで、1985年に川崎市麻生区上麻生の檀家から寄贈された。本堂にも木彫りの七福神があり、正月3が日は護摩(ごま)を炊いてご開帳する「七福神ご祈祷」が行われ、七つの神の御利益があるという護摩札の受け付けも行われる。
同寺は、足利将軍家の祈願寺として1362年に創建されたと伝えられ、北原白秋が晩年によく訪れた寺としても知られる。四季折々の花も美しくシャクナゲ寺としても名高い。いまの季節は10本のロウバイの古木が見ごろ。
交通=小田急線鶴川駅歩15分またはバス・上三輪クラブ前下車。問い合わせは電話044(988)2585高蔵寺。

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武州稲毛七福神:1月3日まで実施

060101hitifuku2 川崎市の生田仏教界に所属する川崎市多摩区・麻生区の6寺で正月三ケ日に行われる「武州稲毛七福神」がことしも人気。穏やかな元旦には、繁栄や健康など七つの福をもたらすとされる七福神の御利益に預かろうと、散歩を兼ね家族連れで各寺を巡る人が多かった。

写真=上・香林寺(布袋尊)、下・潮音寺(福禄寿)

 

060101hitifuku1_1 1988年に始まった「武州稲毛七福神」は、統一したのぼりや案内板、ちょうちん、専用色紙や朱印を各寺で用意しており、専用色紙700円(各寺で販売)、朱印各100円。期間は、1日から3日まで、時間は午前9時から午後4時。


◇安立寺(毘沙門天)
川崎市多摩区東生田1-27-1 電話044(932)4835
交通=向ケ丘遊園駅歩10分
同 寺の帝釈天は、源頼朝の重臣の稲毛三郎重成が所有していた。建久年間(1190~1199)に家臣の佐伯民部吉春に伝えられ、さらに飯室の釈迦堂に移され た。永禄年間(1558~1570)に釈迦堂を改めて現在の寺が建てられたという。毘沙門天は本堂横の帝釈堂に安置されている。

◇広福寺(大黒天)
川崎市多摩区枡形6-7-1 電話044(911)3782
交通=向ケ丘遊園駅歩10分
慈覚大師が承和年間(834〜848)に創建したという古寺。稲毛三郎重成の居館跡で、重成の墓もある。本尊の木造聖観世音菩薩は鎌倉時代末期から南北朝時代初期の作とされ、平安後期の特色を持つ木造地蔵菩薩とともに県指定重要文化財の指定を受けている。大黒天は本堂に安置されている。

◇盛源寺(弁財天・寿老人)
川崎市多摩区長沢1-29-6 電話044(977)3744
交通=百合ケ丘駅からバス盛源寺または向ケ丘遊園駅からバス病院入口歩1分
1573年久翁力正が開基したと伝わる。この一帯はわき水が豊富で、弁財天はかつて裏の池にまつられていた。現在は周囲に池をめぐらした堂に安置されている。寿老人も本堂近くの堂にある。

◇観音寺(恵比寿)
川崎市多摩区生田7-17-8 電話044(922)2263
交通=生田駅歩3分
旧津久井街道に面した寺の境内には、1396年に立てられた古い碑もあり、歴史をしのばせる。七福神めぐりを始めたさいに、商店などの地元の希望で恵比寿が選ばれた。

◇香林寺(布袋尊)
川崎市麻生区細山3-9-1 電話044(966)5450
交通=新百合ケ丘駅からバス細山交番前歩3分
1525年に南樹法泉和尚が開山。「昭和の五重塔」として広く知られる1987年に造られた五重塔は珍しい禅宗様式。布袋尊は期間中は本堂に安置される。

◇潮音寺(福禄寿)
川崎市麻生区高石2-21-1 電話044(966)5452
交通=新百合ケ丘駅からバス園芸センター下車歩5分、百合ケ丘駅歩10分
永享年間(1429~1440)に日峰禅師が開山。1652年に加賀美氏が現在地に再興したという。本堂にある福禄寿は、中国風服装をしている。

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2005年12月14日

狛江市のむいから民家園で小学生らが障子の張り替え作業

05121306syoji新しい障子で新年を、と狛江市立古民家園(むいから民家園・狛江市元和泉2-15-5)で12月10日、小学生やボランティアなど12人が参加して古民家の障子の張り替えが行われた。
写真ニュースを見る>

3人の小学生を含むボランティアは、同市西野川の内装業曽根嘉七さんの指導で午前9時半過ぎ、1年のほこりを吸い込んで黄ばんだ障子16枚をはずし、水をかけてぬらした紙をはがし、さんに残った紙やのりをていねいにぞうきんでふいた。
続いて曽根さんからのりのつけ方や紙の張り方、はみだした紙の切り方などについて細かく手ほどきを受けて、障子張りに挑戦。初めて体験するという小学生だけでなく、おとなのなかにも久しぶりという人が多く、のりが平均につかなかったり、大きな障子紙をしわができないように張るのに四苦八苦。「うまくいかないもんだねえ」という声があちこちで聞かれた。
それでも3時間ほどで全部を張り終わり、参加者たちは真っ白になった障子に満足げな様子で見入っていた。

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2005年12月 4日

狛江市のむいから民家園:正月に向けすす払い

05120401susu狛江市立古民家園(むいから民家園・狛江市元和泉2-15-5)で12月4日、ボランティアなど15人が参加してすす払いが行われた。

05120402susu午前9時ごろから畳や家具などを運び出して干したり、屋根裏のすす払い、壁などのぞうきんがけなどに汗を流した。民家の内部は3時間余りですっかりきれいになり、参加者たちは「一年の汚れを落としてすっかりきれいになった。この次はウチの掃除もしなくては」などと話していた。
同園では10日午前に障子の張り替えを行う予定で、昔ながらの正月を迎える準備が進められる。

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2005年11月18日

狛江の泉の森会館ギャラリーが新装オープン:記念に東山健吾さんのシルクロード写真展

05111801狛江市元和泉1丁目の泉の森会館のギャラリーが本格的な展示ができるように機能を充実させ、11月16日から22日まで新装オープン記念として「シルクロードの足跡−ブッダが来た道」と題した写真展(泉の森友の会主催)が開かれている。

同館は2003年8月に、市民文化を育むとともに市民の交流の場となることをめざしてオープン。3階がホール、2階がギャラリーとミニショップ、1階には飲食店がある。このうち、2階を本格的な展示ができるように改装工事を行い、ミニショップを廃止し、ギャラリーの設備を充実するとともに、喫茶コーナーを設けた。
改装後、初のイベントとしてわが国のシルクロード美術史研究の第一人者として知られる成城大学名誉教授の東山健吾さんが調査研究のさいに撮影した中国、インド、スリランカなどの風景や風物、仏像など貴重なカラー写真37点を並べた展覧会が開かれ、話題をよんでいる。20日午後4時からはギャラリーで東山さんのトークも催される。入場は無料。
また、入り口の階段踊り場では菊花展も同時開催されている。
問い合わせは電話03-5497-5444泉の森会館。

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2005年11月 6日

狛江の玉川碑で邦楽演奏

05110501koto狛江市中和泉にある玉川碑で11月5日、建立200年と再建80年を記念した邦楽の演奏が行われ、訪れた市民約30人が碑に刻まれた万葉の名歌にちなんだ曲に静かに耳を傾けていた。

05110502koto市民に狛江の誇りである碑の存在をもっと知ってもらおうと結成された「玉川碑に集う会」(田代實会長)が建立200年と再建80年記念事業の一環として催したもの。
碑の横の広場に緋毛氈(ひもうせん)を敷き、琴と横笛の演奏に合わせて、碑に刻まれている万葉集巻14にある東歌「多摩川に さらす手づくり さらさらに さらすこの児の ここだかなしき」を歌詞にした歌が披露された。

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2005年9月23日

丸山永畝スケッチ展:半世紀前の狛江の風景を再公開

050924maruyamaこの風景に見覚えありませんか——半世紀前の狛江を描いた「丸山永畝(えいほ)スケッチ展 よみがえる狛江『村』の風景」(狛江郵便局・狛江のまちを考える会・NPO法人k-press共催)が狛江郵便局で10月20日まで開かれており、来場者から描かれた風景の場所などについての情報を集めている。

写真=和田卓巳狛江郵便局長(左)に絵の説明をする丸山さん夫妻

作品の内容は、富士を望む多摩川のほとり、広がる田畑に実る作物、雑木林に点在するかやぶき屋根の家々、小川で野菜を洗う人々など都市化の波が訪れる前の昭和20年代半ば田園地帯だった狛江の風景で、和とじの画帳に描いたスケッチ画を写真撮影し、はがき程度に縮小印刷して展示している。
絵を描いたのは1951年に狛江岩戸北に転居した日本画家・丸山永畝(本名・忠治郎、1886〜1962年)さん。丸山さんは、長野県上諏訪町(現・諏訪市)出身で、画家をめざして20歳で上京。花鳥画の大家・荒井寛畝に師事し、主に軸物、屏風、襖絵などの作品を手がけた。代表作としては1931年院展入選作「水禽」、昭和初期に描いた目黒雅叙園所蔵の「叢中」、郷里の諏訪法光寺の「梅園」などがある。
画帳は、丸山画伯と同居していた長男の督雄さん(86)が大切に保管・所蔵しており、戦前からのものも含め約300冊、作品の数は約2万点にのぼる。墨と絵の具で描いたスケッチは、日付や描いた場所などのメモも残されている。スケッチは、本画を描く時に必要となる素材の動植物や風景を記録するために描いた側面もあるが、当時の写真も少ないだけに、半世紀前の風景や生活を知る上でも貴重な資料になると、専門家からも注目を集めた。画帳本体は、まとめて保存するため、いまは世田谷区立郷土資料館に寄託されている。
同館では、これまでに狛江に住んでから以降の約8000枚を写真撮影して整理し、うち狛江市内を描いたものが1193枚あることが判明した。ことし2月に狛江駅前の「泉の森会館」で狛江市内を描いた分を初公開し、好評を呼んだが、会期中に見られなかった市民などからの希望で、狛江郵便局の協力でふたたび公開することになった。
9月20日から始まった今回の展覧会では、会期中数回に分け1回に約250点ずつ展示する。会場では、昔の狛江の地図を展示、描かれた風景を覚えている人にその場所に印を付けてもらったり、コメントを書いてもらうコーナーも設けており、描かれた場所を捜す作業も行う。
丸山督雄さんは「父の作品が、こうして日の目を浴びることになってうれしい。1回で終わらせてしまうのはもったいないので、いい機会をいただいた」と笑顔、和田卓巳局長は「懐かしい絵が多い。狛江を愛するたくさんの人に見てもらい郵便局が狛江の情報を発信できることになれば」と話している。
同展の問い合わせは電話03(3430)6617NPO法人k-press。
またNPO法人k-pressでは、丸山永畝スケッチ展を記念したポストカードを作成、狛江駅前の狛江ブックセンターとむいから民家園で販売している。

関連記事:丸山画伯スケッチのポストカード販売

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2005年8月30日

多摩川で灯ろう流し:夜の川面彩る光のページェント

05082901多摩水道橋下流の多摩川で8月29日、灯ろう流しが行われた。午後6時半過ぎから屋形船に積んだ約500基の灯ろうが次々と流され、静かな灯が川面を彩ると、訪れた人たちは涼しい風に秋の気配を感じながら、去りゆく夏を惜しむかのようにうっとりと水と光のページェントを楽しんでいた。
灯ろう流しの写真を見る

灯ろう流しは、昨年までは、狛江市などが主催する花火大会と同じ日に開かれてきたが、今年は花火大会が中止されたため、一時は開催が危ぶまれた。しかし、夏の伝統行事の灯を絶やすわけにはいかないと、狛江市仏教会と市民が協力して実行委員会を結成、単独の開催にこぎつけた。

川岸で市内の6カ寺の僧りょが声をそろえて経を読むのに合わせて、故人の戒名などを記した高さ20数cmの紙製の灯ろうをぎっしりと積んで小田急線多摩川鉄橋付近にこぎ出した屋形船から、ろうそくに点火しながら20分ほどの間に次々と川面に流された。
灯ろうは、下流からの風に乗って上流に向かい、静かな川面にろうろくのゆらめきを映しながら漂う光景に、川岸の見物の市民からは「きれいね」というため息まじりの声があちこちから聞かれた。
昨年までは、花火大会に先がけて明るいうちに行われたこともあり、見物客の関心もいまひとつだったが、今回はあたりがすっかり暗くなったなかで催され、より光の美しさがきわだつことになった。
主催者側では「無事に開催できて良かった。来年以降は今後考えるが、もっと多くの人に知ってもらえるようPR方法などを工夫し、伝統の行事をできるだけ続けていきたい」と話している。

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2005年8月17日

宮前区初山で8月16日に閻魔まいり:江戸時代からの伝統行事を復活

050817ennma1江戸時代から続いていた地域の伝統行事を復活させようと8月16日、川崎市宮前区初山で「閻魔(えんま)さま宵参(よいまい)り」が催された。会場の初山十王堂には日暮れから夜9時過ぎまで初山周辺の人など約100人が赤い提灯に照らされた閻魔様や地蔵菩薩に手をあわせ、先祖の人々の信仰に思いをはせていた。

写真/上から=宵参り、念仏講全景、数珠をまわす講中の人、十王堂世話人の矢澤茂さん、
菅生中学の縄田教諭の地獄絵、

050817nennbutu1同じ敷地内にある初山会館では、午後8時前から「初山念仏講」が開かれ、講中の22人が輪になって念仏を唱えた。050817nennbutu2念仏は、1080個からなる約7mほどの長い数珠を全員が持ち、リード役の唱える「南無阿弥陀仏」と鉦(かね)に併せて数珠を回しながら大声で念仏を唱える「百万遍」と、数珠なしでやや小声で唱える「60ズメ」と呼ばれる二種類を唱和した。講長の松井文雄さんによると念仏講は、毎月15日に古くから初山に住む24軒の講中の家で周り持ちで開かれており、8月は閻魔様の日に合わせて1日遅れで同会館で開いているという。

  市内で唯一、地域住民が守る閻魔堂

050817ennma2初山十王堂は川崎市内で唯一、地域の人が守ってきた閻魔堂。中には大きな口を開き宝冠を被った閻魔大王坐像(高さ86㎝・木造寄せ木作り)と地蔵菩薩立像(高さ82㎝・同)が各1体、石像の閻魔像、脱衣婆像など12体(高さ25.8㎝から33.5㎝)計13仏がまつられている。仏教では生前の行いを審判する10人の王がおり、そのちのひとり閻魔王は地蔵菩薩と同一とされている。
先祖代々十王堂を守ってきた世話人代表の矢澤茂さん(49)の家には、閻魔像の造立と修復などを記した版木が残されている。それによると元禄年間(1688〜1704)に下菅生村を治めていた旗本が造立、幕府直轄となった明和年間(1764〜1772)に大破し、十王堂を信仰していた地元の村人が天保15(1844)年に再建、3日間に渡って入仏供養を行ったと書き記している。
茂さんの伯父に当たる矢澤晃さんに(74)によると、戦前は初山の多くの人が8月16日に閻魔様におまいりしたが、時代が下がるとともに同所奥にある墓地に来る人や念仏講など限られた人々だけがまいるようになったになったという。1968年に隣接地にある集会所「初山会館」が火災に遭ったが、堂の前にある2本のイチョウに守られ類焼を逃れた。050817ennma3
その後、木像2体は塗りが剥落(はくらく)するなどいたみがひどくなり、世話人で話し合いを行って天保の供養から160年目にあたる2003年に修復した。これを機会に、矢澤さんらは、300年以上の歴史を持つ十王堂の存在を地域に再認識してもらおうと閻魔詣りの8月16日に開眼供養を行い、修復記録や十王堂の歴史などを掲載した「蘇る十王堂」を発行、宵詣りを再開した。また、子どもにも閻魔様の意義が理解できるようにと、PTA会長だった縁で知り合った菅生中学美術家教師縄田芳信教諭に絵を依頼、閻魔王の地獄審判の様子と子どもを救済する地蔵菩薩の世界の2作品ができあがった。2.3m、幅1.8mのキャンパス地描かれた絵は、毎年宵詣りに敷地内に飾られている。
世話人らは、赤米の「御洗米」を用意、参詣者に配った。矢澤さんは「先祖から伝わったことを次の世代に残していくのが我々のつとめ。宗教行事と重く考えるのではなく、きれいになった像を見てもらうことで少しずつ浸透していけばうれしい」と静かに語っていた。

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2005年8月16日

狛江で灯ろう流し:8月29日に多摩川で

夏の多摩川を静かな光で彩る灯ろう流しが8月29日夕、多摩水道橋下流の狛江市側河川敷きで催される。
昨年までは、狛江市などが主催する花火大会と同じ日に開かれてきたが、今年は花火大会が中止されたため、単独の開催となった。

当日は午後6時30分から、河川敷きで同市内の仏教会に所属する寺院の僧りょによる読経のあと、屋形舟に数百基の灯ろうを積んで川にこぎ出し、点火して川に流す。
花火大会の中止に 伴い灯ろう流しの存続も危ぶまれたが、夏の多摩川の風物詩が消えるのを惜しむ声も多く、前年まで主催していた同市観光協会に替わって実行委員会を組織して開催にこぎ着けた。
灯ろうの申し込みは現在、狛江市内の寺院で受け付けているほか、当日会場でも受け付ける。
当日雨天の場合は30日に順延。
問い合わせは電話03(3480)2330。

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2005年8月15日

宮前区初山で16日に閻魔さま宵参りが復活

05081401川崎市宮前区初山2丁目の「初山十王堂」で、8月16日午後6時30分から江戸時代より続く民間信仰のひとつ「閻魔(えんま)さま宵参(よいまい)り」が催される。

05081402十王堂とは閻魔堂のことで、仏教では死後10人の王により七日ごとに審判を受けるとされており、この王の一人に閻魔大王がいる。十王信仰はいまも形を変えて続いており、「初七日」「七七日」などはそれにあたるとされる。
初 山十王堂は、市民ミュージアムの調査によると江戸の元禄年間に建立され、天保15(1844)年当時の世話人6人を中心に地域の寄進で入仏供養が行われた 版木が残されている。2年前の2003年、天保の供養の世話人の子孫にあたる矢澤茂さんらでつくる初山十王堂世話人、十王堂墓地管理組合が、十王堂 の本尊にあたる閻魔大王菩薩や地蔵菩薩などを修復、8月16日に開眼供養を行った。
宵参りは、きれいになった閻魔像や地蔵像に地域の人に参詣してもらおうと“復活”したもので、十王堂を開けて行われる。参詣者には、世話人らが用意した「御洗米」が配られる。また、当日は十王堂前の初山会館で、初山念仏講(議長、松井文雄さん)が午後7時45分ころから行われる。
世話人のひとり矢澤茂さんは「むかしは、『ウソをつくと閻魔さまに舌を抜かれる』と親やおとなに戒められた。今はウソをついても平気な世の中になりつつあり、いろいろな事件が起きる。昔の人が伝えてきたをことを大切にしたい」と多くの人に参詣を呼びかけている。
問い合わせは電話044(977)0579矢澤さん。

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2005年6月17日

高津の魅力再発見:6月18日に「まち歩き」

高津区の魅力を再発見しようと6月18日(小雨決行)、「まち歩き」が行われる。まちづくり協議会が催すもので、午前10時に同区二子1丁目の二子神社をスタート、「水の歴史をしのぶ道」を歩いた後、すくらむ21で「まちを語ろう」と題して「歩きたくなる高津にしよう」をテーマに話し合いを行う。

この催しは、「ガイドブック・高津のさんぽみち」をもとに、普段何気なく通り過ぎている道をゆっくり味わいながら歩いて、見過ごしていた道の魅力を見つけてもらおうというもの。
二子神社−多摩川−久地梅林公園−久地不動尊−円筒分水のコースを午前中に歩き、午後1時から2時間、すくらむ21で道を歩いた体験をもとにグループ討議を行う。その後、第3期5回目のまちづくり協議会の全体会も開かれる。
参加は自由で、歩きやすい服装で昼食持参。
問い合わせは電話044-861-3134高津区役所地域振興課。
また、まちづくり協議会では現在、会員を募集している。

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2005年2月21日

2月21日から丸山永畝展:スケッチ1193点でしのぶ半世紀前の田園・狛江

05022101半世紀前の狛江の風景を描いた日本画家の写生帳が同市内でさきごろ見つかり、2月21日から小田急線狛江駅前の泉の森会館で初公開される。

「丸山永畝(えいほ)スケッチ展 よみがえる狛江『村』の風景」(泉の森友の会主催、NPO法人k-press/狛江のまちを考える会共催)は、富士を望む多摩川のほとり、広がる田畑に実る作物、雑木林に点在するかやぶき屋根の家々、小川で野菜を洗う人々など都市化の波が訪れる前の昭和20年代半ば、田園地帯だった狛江を描いたスケッチ画1193点を縮小印刷して展示する。会場にはスケッチ画のほか狛江市岩戸北の自宅で丸山画伯と同居していた長男の丸山督雄さん(85)から借りた肉筆画3点と絵筆、落款(らっかん)、画伯が長女の初節句に贈った手製のひな人形も飾られる。
いきいきとした筆使いで描かれたスケッチには、描いた日付とおおよその場所が書き込まれており、多いときは毎日数枚描いている。
本画を描く時に必要となる素材の動植物や風景を記録するために描いた側面もあるが、当時の写真も少ないだけに、半世紀前の風景や生活を知る上でも貴重な資料になると、専門家からも注目を集めている。また、昔の狛江の地図も展示、描かれた風景を覚えている人からその場所に印を付けてもらうコーナーも設ける。
丸山永畝(本名・忠治郎、1886〜1962年)画伯は、長野県上諏訪町(現・諏訪市)出身で、画家をめざして20歳で上京。花鳥画の大家として知られる荒井寛畝に師事し、寛畝が主宰する会のほか文部省美術展覧会、帝国美術院展などに出品、入選作もある。主に軸物、屏風、襖絵などの作品を手がけ、代表作としては昭和初期に描いた目黒雅叙園所蔵の「叢中」、郷里の諏訪法光寺の「梅園」などがある。同門の画家らと若いころからしばしば写生に出かけ、和綴じの写生帳を数多く残した。
スケッチ展は、遺族の督雄さんの知り合いの主婦からの連絡で写生帳を見せてもらった中和泉の稲葉和也さんの発案によるもの。稲葉さんは古民家の専門家で世田谷区の文化財保護審議会委員を務めており、写生帳に描かれた多量のスケッチを見て「狛江の原風景が描かれている」と感動、資料的価値が高い、とまとめて保存するよう遺族に要請。その結果、遺族からの申し出で、世田谷区立郷土資料館に寄託された。
寄託されたスケッチは全部で約2万点にのぼり、これまでに戦後狛江に住んでから以降の約8000枚が整理され、うち狛江市内を描いたものが1193枚あることがわかった。郷土資料館では、3月に寄託品の展覧会を催すが、それに先立ち狛江市内を描いた分を地元で初公開することになった。
会場には、はがき程度の大きさに縮小印刷したものを17枚のパネルにして展示してある。展示にあたった人たちは、「すごい数でびっくりした。1点ずつ見たら時間がかかりそう」と丸山画伯の画業と緑豊かな農村地帯だったころの狛江に思いをはせていた。
同展は2月27日までで、時間は午前10時〜午後8時。入場は無料。
問い合わせは泉の森会館(狛江市元和泉1−8−12)電話03(5497)5444。(交通=小田急線狛江駅北口下車徒歩1分)
■関連記事=丸山画伯スケッチのポストカード販売

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2005年2月16日

日本民家園で合掌造り屋根葺き替え工事見学会:好評にこたえ、2月20日に再度開催

05021602カヤ葺き屋根の葺き替えを行っている川崎市多摩区の日本民家園・旧山田家住宅で、2月20日午後1時30分から2時30分まで工事の見学会が開かれる。

写真=旧山田家の屋根葺き替え工事(日本民家園提供)

見学会は12日に続き2度目で、先着30人の定員に対し約2倍の人が並んだ。作業などの関係で全員の見学は無理だったが、定員の1.5倍の45人が足場にあがり、合掌造りの屋根を間近に見たり、カヤを束ねる材料の植物マンサクをねじりほぐす「ネソネリ」と呼ばれる作業の実演を見学した。このとき、見学できなかった市民から再度開催を望む声が出され、それに応えるかたちで催される。
山田家は、富山県東礪波郡上平村 の越中五箇山の桂集落から移築した17世紀後期の合掌造りで、同園「信越の村」コーナーにあり、神奈川県の重要文化財に指定されている。同園としては3年ぶりの本格的な片面葺き替えで、五箇山から屋根職人8人が来て、2月10日から作業を行っている。
当日は、建築専門の同園職員・外山明彦さんが、現場で工事の様子を説明、足場にあがって見学できる可能性もあり、同園では動きやすい靴での参加を呼びかけている。
午後1時から旧山下家(白川郷のソバ屋)で整理券を配布する。定員は先着30人。雨天の場合は中止。工事期間中、周辺からの見学は自由。
見学は無料だが、入園料は、一般500円、高校生・大学生300円、中学生以下と65歳以上は無料。問い合わせは電話044(922)2181日本民家園。

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2005年2月12日

子ども夢パーク(高津区)で2月26日、かわさきかるた大会

05021201「川崎市制80周年記念かわさきかるた」の完成を祝うかるた大会が、2月26日午前10時30分〜午後2時30分に川崎市高津区下作延1500-1の「子ども夢パーク」で開かれ、参加者を募集している。

かるたは、川崎の歴史、風土、伝統文化、ゆかりのある人物、事柄などを題材に読み札を市民から公募し、3295人から4258点の作品が寄せられた。郷土史、地名、観光、自然環境などに詳しい専門家などによる制作委員会(委員長=斉藤文夫川崎市観光協会連合会会長)が選考し、2004年末に「生田には 星と太郎の 夢がある」「六郷を 渡れば川崎 奈良茶飯」などいろは44作品が決まった。その後、児童文学作家・工藤直子さんが監修し市内の画家sやイラストレーターなどが絵札を制作し、3月10日から区役所、市内の書店などで発売の予定。
大会は、川崎市と同かるた制作委員会がかるたのお披露目をかね、小学生を対象に催す。午前中は屋内、午後は大判かるたを使って屋外で行う。雨天決行。参加者には豚汁とご飯が出る。定員は100人。
参加希望者は、FAX(044-200-3913)または葉書に、住所、氏名、年齢(学年)、電話番号を記入し〒210-8577市民局市民文化室へ2月21日(必着)までに送る。
問い合わせは電話044(200)2029市民局市民文化室。

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2005年2月 9日

日本民家園で合掌造りの屋根葺き替え工事:2月12日に見学会

川崎市多摩区枡形の日本民家園で2月12日午前10時30分から11時30分まで合掌造り屋根の葺き替え工事の現場見学会が催される。

見学会が行われるのは、「信越の村」の旧山田家住宅。山田家は、富山県東礪波郡上平村 の越中五箇山の桂集落から移築した17世紀後期の合掌造りで、神奈川県の重要文化財に指定されている。
今回の工事は、同園としては3年ぶりの本格的な片面葺き替えで、五箇山から屋根職人を迎え、2月10日から工事が始まる。
当日は、建築専門の同園職員・外山明彦さんが、現場で工事の様子などを説明する。足場などの組み立てや進ちょく状況により、足場にあがって見学できる可能性もあり、同園では動きやすい靴での参加を呼びかけている
希望者は、10時30分に旧山下家へ集合。定員は先着30人。雨天の場合は中止。
また、工事期間中周辺からの見学は自由。
見学は無料だが、入園料は、一般500円、高校生・大学生300円、中学生以下と65歳以上は無料。問い合わせは電話044(922)2181日本民家園。

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2005年2月 5日

高津区溝口で2月13日に大山街道フェスタ:活性化めざし溝口緑地などで

川崎市高津区のメインストリート—大山街道を見直そうと溝口緑地(高津図書館前)、大山街道ふるさと館などで、2月13日午前10時30分から午後2時30分まで「大山街道フェスタ」が開かれる。

大山街道活性化推進協議会が主催し、街道沿いの商店会や高津区観光協会、区高津区役所などが共済する。同協議会は、市内でも最も古い商業地のひとつ大山街道の商業振興と歴史文化の掘り起こしで、大山街道を活性化を図ろうと2003年5月に地元商店街や町会など37人で発足。2004年2月に地元市民による初のフェスタを催し、街道ウォークなどが人気を呼んだ。
大山街道は、赤坂御門を起点に伊勢原から大山阿夫利神社に至る「大山詣で」の道として古くから親しまれた。高津区の街道沿いは江戸時代は多摩川の宿場町として栄え、江戸や明治に開業した店が多く残り、作家・岡本かの子、陶芸家・浜田庄司の生誕地としても有名だ。
主なイベントは、溝口緑地では大山街道物産市と銘打って街道沿いの商店の出店、新鮮野菜の直売、フリーマーケット、うどん・赤飯の販売、きらりコンサートなどに出演する若手ミュージシャン4組の音楽演奏、区の花・スイセンの配布など。
大山街道ふるさと館では、落語、津軽三味線の演奏、「打ち菓子」づくりの実演、大山街道や高津区民祭の歴史を紹介するパネル展を開く。
溝口南公園では、大鍋で作る「大山仙人鍋・高津ゆどうふ」を11時30分から配付、ミニSL、高津区健康の森の竹を使った遊びなど。
このほか 区内の名所案内の活動を続けるシルバーガイドメンバーが、大山街道を歩きながら解説する「街道ウォーク」(大山街道ふるさと館で受け付け)、高津こども文化センターで大山街道にちなんだ昔話の読み聞かせ、糀ホールでクラッシック音楽会(入場無料)などが催される。
参加は自由で、雨天の場合は一部の催しが中止となる。
問い合わせは電話044(861)3133高津区役所地域振興課。

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2005年1月31日

多摩区役所で2月4、5日にまちづくりフェスタ:区の魅力や問題点を紹介

市民が調べた江戸時代の宿場町・旧津久井街道歴史マップやごみ集積所の実態調査など、多摩区の魅力や問題点を紹介する「第3回まちづくりフェスティバル」が、2月4日、5日の午前10時から午後3時まで多摩区総合庁舎1階のアトリウム(吹き抜け通路)で開かれる。

フェスタは、 多摩区まちづくり推進協議会(田嶋郁雄会長)が主催、同会に参加する区民58人が「安全で賑わいのあるまち」「環境」「福祉関連」「文化教育」の4部会に分かれ、昨年の活動報告をする。
4日はおとな対象の報告・発表で「まちづくり広場〜こんな活動をしています」、5日は親子を対象に「こども広場 みんなで楽しく遊ぼう!」を催す。
初日に展示する旧津久井街道歴史マップは、文化教育部会が地域の古老などから聞き取った話と、登戸の渡し場から小泉橋までの江戸時代の街道筋にいまも残る北向き観音、水争いの供養塔、文学碑など史跡の紹介や昔の写真をまとめた労作。このほか、区内の防犯マップ、放置自転車対策、福祉散策マップ(向ヶ丘遊園〜広福寺コース編)、生ごみ堆肥、花と緑のまちづくりの紹介、どんど焼きやお盆など伝統行事の一部を載せた歳時記などをパネルで展示する。
来場者には、歴史マップや前年まとめた区内の小学校区危険度マップを配布し、各部会の委員が内容を説明をする。ナメコ、ノラボウ菜など地場農産物の紹介コーナーもある。
2日目のこども広場は、幼児から小学生を対象にプラバン、ぬりえ、どんぐりあそび、風車、竹細工など親子で遊べる工作コーナーを設けるほか、午前11時から子ども限定のもちつき(先着順)も催される。
また、フェスタ終了後の6日〜16日まで吹き抜け広場で活動報告パネル展示も行われる。
問い合わせは電話044(935)3131地域振興課。

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2005年1月29日

麻生不動院でだるま市:47000人でにぎわう

050129daruma01jpg川崎市麻生区下麻生の麻生不動院でだるま市が開かれ、昨年より5000人多い約47000人(麻生警察署調べ)の人出でにぎわった。

同院のだるま市は、旧暦で関東地方最後に開かれるため「納めのだるま市」と呼ばれて親しまれ、遠方からも多くの客が訪れる。
ことしは暖かく穏やかな好天に恵まれ、境内には朝早くから次々と客が訪れ、午前11時ごろにはだるまやお札を求める人でぎっしり。午後からは受験を前にした親子連れなどが訪れ、だるまの売れ行きもまずまずだった。
普段は閉じられている本堂では、火伏せのお札の販売や護摩法要、念仏講も行われた。
だるまの露店では、客がだるまを買い求めるごとに「商売繁盛、家内安全。ヨヨヨイ ヨヨヨイ、ヨヨヨイ、ヨイ」、「一発合格」と威勢のいい掛け声があがっていた。
だるま屋によると、神棚など飾る場所が狭くなったため売れ筋は高さ20〜30センチの小ぶりの6、7号と受験用の5号、価格は3千円から4千円のもので、それ以上の大きなだるまはほとんどが名入りの予約客という。地元の下麻生の人たちが出店する「王鶴組合」のだるま屋さんでは、訪れた顔なじみの客と楽しげに価格を交渉したり近況を話すなごやかな光景も見られた。
周辺の参道にはだるまをはじめ植木や食べ物など約400店の露店が並び、普段静かな住宅地は終日にぎやかな売り声が響いていた。

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2005年1月26日

大山街道ガイドマップが完成:史跡などを紹介

高津区の大山街道の史跡などを紹介した『大山街道と周辺マップ』がこのほど完成した。

大山街道は「矢倉沢往還」とも呼ばれ、江戸の赤坂御門と大山(伊勢原市)を結ぶ道として古くから親しまれ、二子、溝口は宿場として大山詣での人々でにぎわった。また、茶や真綿、たばこなどの輸送路としても盛んに利用された。
同区では、シンボルロードとして多くの市民に親しんでもらい、街道沿いの商業振興や文化や歴史の掘り起こしのきっかけにしようと2003年に大山街道活性化推進協議会を結成、その活動の一環としてマップを作成したもの。
A3判のマップは1色刷で、両面に街道沿いの史跡や旧家などを写真入りで紹介したほか、公共施設、トイレなどの位置を記し、散策に役立ててもらえるよう配慮している。
1万部を印刷、区役所、支所、図書館、市民館などのほか、街道沿いの商店で希望者に配布する。
マップは協議会の委員がデザインや掲載内容などを決め、印刷代は街道沿いの商店の協賛金でまかなった。
また、2月13日午前10時30分から午後3時30分まで大山街道ふるさと館、高津図書館前などで開かれる「大山街道フェスタ」のPRにも役立てる。
問い合わせは電話044(861)3140高津区役所地域振興課まちづくり担当。

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2005年1月24日

1月28日に麻生不動院で納めのだるま市

050124daruma01麻生不動院(川崎市麻生区下麻生801)で1月28日、だるま市が開かれる。

旧暦では関東地方で最後に開かれることから、「関東納めのだるま市」として親しまれており、毎年多くの人が縁起物のだるまなどを求めに訪れる。
「とくさ不動」とも呼ばれる麻生不動院では、神棚や火を使う台所に張る「火伏せ」のお守りなどを売るほか、境内や参道には午前8時ごろから地元の「王鶴組合」をはじめ約400店の露店が並び、だるまに加え農機具や植木、乾物、焼きそばなどを売る。
当日は、小田急線の柿生駅と鶴川駅からだるまのプレートを付けた臨時バスが増発される。

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2005年1月 8日

麻生区文化協会が七草がゆの会:材料も炭も地元産の麻生の味に舌鼓

050108nanankusa川崎市麻生区役所で1月7日、麻生産の米やモチ、野菜、炭で作った「あさお古風七草粥(がゆ)の会」が催され、暖かな日差しの中で子ども連れの主婦やお年寄りなど300人が「ふるさとの味」を楽しんだ。

050108nanakua05会場の区役所広場に、午前9時からかまどと大きな釜を2つ並べて準備を始めると、湯気に誘われて気の早い市民が並び始めた。かゆは米1に対し水7の割り合いで約1時間かけて ゆっくり炊き、早野聖地公園の里山ボランティアが焼いた炭でモチを焼き、一緒に煮込んだ。このモチは、麻生区親子体験農業の参加者が育てたもち米を使用、1食100円とあって、予定の11時前には長蛇の列ができた。
主催者は、会場の区役所前広場にテーブルやイスを用意。参加した人たちは、湯気の立つかゆをすすりながら「春の香りがいっぱいで、すごくおいしい」「一人暮らしで七草かゆを作るのは大変。ここで食べられとてもよかかった」などと話していた。
050108nanakusa01この行事は、麻生区文化協会(杉本長治会長)が同区細山の細山郷土資料館で17年前から毎年、無病息災を願い新年会に食べていた七草粥を、地域の食文化として多くの市民に体験してもらおうと、昨年はじめて麻生区役所、麻生市民館、麻生図書館と共催。販売用に用意した分が早々なくなり、市民館の調理室で主催者用に準備していた分を売るほど人気を呼んだ。
ことしは、販売用を100食分増やし、文化協会会員が寄贈した黒川産の米25キロ、モチ10キロ、ダイコン(スズシロ)11本、カブ(スズナ)15束のほか、5日に会員が黒川の畑や田のアゼで採取したナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホチケノザ、セリを使い調理、和服姿の女性会員らがかゆよそって手渡していた。
050108nanakusa-hayashi市民館入り口横の階段状になった屋外ステージでは、昨年に続いて「麻生童謡を歌う会」がお正月と冬にちなんだ歌を披露。早野お囃子連が獅子舞などを演じて七日正月に花を添えた。会場に用意されたタコ、コマ、羽子板などの懐かしいおもちゃで遊ぶ親子連れもいて、参加者は昔のお正月気分を楽しんでいた。

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2005年1月 7日

長十郎の里帰り

05010701川崎を代表するナシ「長十郎」を、生まれ故郷の川崎区によみがえらせようと、多摩区在住の俳優中本賢さんらが長十郎の苗木を現在の生産地多摩区から川崎区まで子どもたちとともに大八車で運んで植樹するイベント「長十郎の里帰り」が1月8日と10日に行われ、一緒に参加する市民を募集している。

写真=イベント当日着るはっぴ姿の多摩川クラブの会員ら(左から2人目が中本さん)

この催しを主催するのは「長十郎の里帰り実行委員会」(斎藤文夫実行委員長)。中本さんに加え、砂子の里資料館の斎藤文夫館長、植樹先の若宮八幡宮宮司中村紀美子さん、稲生ロータリークラブ会長の井口武雄さん、川崎市理容組合青年部部長の伊藤賢美さん、慈酒乃会代表の鹿子遠さんが委員になって、準備を進めてきた。
赤ナシ系統の長十郎は、1893年に大師河原の当麻辰次郎の梨園で発見されたと伝えられ、同家の屋号「長十郎」から名付けられ、大正時代に川崎大師境内に記念碑が建立されている。明治中期に活躍した俳人の正岡子規は川崎大師を訪れ、「川崎を 汽車で通るや 梨の花」「川崎や 畠は梨の 帰り道」などの句を詠んだ。
川崎大師一帯は江戸時代から果樹栽培が盛んで、病害虫に強い長十郎は果樹農家から人気を集めた。多摩川に沿って北上、大正時代には関東一になるほどの発展をとげ、「多摩川梨」というブランド名も生まれた。しかし、生まれ故郷の川崎区は工業化が進み、現在、ナシの木は一本もない。
今回のふるさと帰りの発案者・中本さんは、多摩川に住む魚や水生昆虫などを子どもたちに紹介する活動を行う「多摩川クラブ」の代表を務めており、昨年6月に自宅近くのナシ園で、樹齢100年を越す長十郎の木を見つけた。畑の持ち主太田嘉治さんを訪ねて話を聞くと、明治時代に曾祖父が長十郎のうわさを聞き、大師河原付近から分けてもらった木とわかり、感銘を受けたという。
長十郎は現在、他の甘いナシに押されて生産量も減り、交配用の花粉を取るためにナシ畑に1、2本植えられているだけという例が多い。宅地化が進む川崎北部でもナシ園が減っており、中本さんはこのままではナシの木が消えてしまう日が遠くないと感じ、かつての地場産業を残そうと、ナシの木をふるさとへ戻すイベントを思いついた。
イベントは8日と10日に行われ、多摩川の土手や商店街を子どもたちとともに当時を再現するはっぴ姿で大八車を押して歩くことで、長十郎ナシをアピールする。8日は多摩川二子橋からガス橋までの12キロを日本民家園などで借りた大八車を子どもたちが押して運ぶ。10日は、幸区役所から幸区、川崎区の商店街を通って約6キロ先の若宮八幡宮まで運び、発見者の当麻辰次郎さんの孫や新成人とともに午後3時ごろに植樹する。
参加は自由で、8日は午前9時に二子橋下多摩川河川敷集合、10日は午前9時に幸区役所集合。途中からの参加も可能。
問い合わせは電話・FAX044(934)0066多摩川クラブ。

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2005年1月 1日

麻生区の香林寺五重塔が開帳

川崎市麻生区の香林寺五重塔(細山細山3-9-1)が正月三が日の午前10時から午後4時までに開帳される。
1日は午後2時ごろから近くの細山細山神明社の細山祭囃子(はやし)保存会による無病息災や豊作や幸運を願う新年恒例の伝統行事「悪魔っぱらい」が披露される。

塔は1987年に造られ「昭和の五重塔」として広く知られ、間口、奥行きとも約4・5mの国内産ヒノキづくりの塔は、禅宗様式を採用して設計された。禅宗様式の塔は、同寺の本山の鎌倉の建長寺にかつてあったとされるが、現存するものは日本ではこの塔だけで、屋根の反りの強さや屋根の下のたるきの組み方、扉や「花頭窓」と呼ばれる上部がに丸みのある窓などに特徴がでている。
一層に塔の本尊のインドで制作した石像「釈迦初転法輪造」のほか、奈良・東大寺の四天王像と同様の天平時代(729〜769年)の技法「脱乾漆造」を復元して作った四天王像、二層から五層は木造の16羅漢を安置している。四天王像は、心棒にわらを巻き塑土をぬってその上から「からむし」と呼ばれる麻の一種と漆を重ねて作り上げた。からむしは、地元の野生のものも一部使われている。
問い合わせは電話044(966)5450香林寺。

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高蔵寺七福神:1つの寺に七福神そろう

町田市三輪町の見星山三輪院高蔵寺(新山尚光住職)の境内には七福神の石仏があり、新年に訪れる人が多い。
この七福神は約70センチあり、1985年に川崎市麻生区の檀家から寄贈され、いまではすっかりおなじみとなった。また本堂にも木彫りの七福神があり、正月3が日は護摩(ごま)を炊いてご開帳する「七福神ご祈祷」が行われる。時間は1日が午後2時、2日・3日が午前11時・午後2時で、約30分前から七つの神の御利益があるという護摩札(大1万円、小3000円)の受け付けも行われる。4日以降は事前に連絡すれば対応する。

足利将軍家の祈願寺として1362年に創建されたと伝えられ、北原白秋が晩年によく訪れた寺としても知られる。いまの時期は10本のロウバイの古木が見ごろで、今月いっぱい楽しめる。
交通=小田急線鶴川駅歩15分またはバス・上三輪クラブ前下車。問い合わせは電話044(988)2585高蔵寺。

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武州稲毛七福神

生田仏教界に属する川崎市多摩区・麻生区の6寺が1988年に始めた。
統一したのぼりや案内板、ちょうちん、専用色紙や朱印を各寺で用意している。専用色紙700円(各寺で販売)、朱印各100円。
1日から3日まで実施。時間は午前9時から午後4時。
問い合わせ=電話044(932)4835安立寺。

◇香林寺(布袋尊)
麻生区細山3-9-1 電話044(966)5450
交通=新百合ケ丘駅からバス細山交番前歩3分
1525年に南樹法泉和尚が開山。「昭和の五重塔」として広く知られる1987年に造られた五重塔は珍しい禅宗様式。布袋尊は期間中は本堂に安置される。

◇潮音寺(福禄寿)
麻生区高石2─21─1電話044(966)5452
交通=新百合ケ丘駅からバス園芸センター下車歩5分、百合ケ丘駅歩10分
永享年間(1429~1440)に日峰禅師が開山。1652年に加賀美氏が現在地に再興したという。本堂にある福禄寿は、中国風服装をしている。

◇観音寺(恵比寿)
多摩区生田7─17─8 電話044(922)2263
交通=生田駅歩3分
旧津久井街道に面した寺の境内には、1396年に立てられた古い碑もあり、歴史をしのばせる。七福神めぐりを始めたさいに、商店などの地元の希望で恵比寿が選ばれた。

◇安立寺(毘沙門天)
多摩区東生田1─27─1 電話044(932)4835
交通=向ケ丘遊園駅歩10分
同寺の帝釈天は、源頼朝の重臣の稲毛三郎重成が所有していた。建久年間(1190~1199)に家臣の佐伯民部吉春に伝えられ、さらに飯室の釈迦堂に移された。永禄年間(1558~1570)に釈迦堂を改めて現在の寺が建てられたという。毘沙門天は本堂横の帝釈堂に安置されている。

◇広福寺(大黒天)
多摩区枡形6─7─1 電話044(911)3782
交通=向ケ丘遊園駅歩10分
慈覚大師が承和年間(834~848)に創建したという古寺。稲毛三郎重成の居館跡で、重成の墓もある。本尊の木造聖観世音菩薩は鎌倉時代末期から南北朝時代初期の作とされ、平安後期の特色を持つ木造地蔵菩薩とともに県指定重要文化財の指定を受けている。
大黒天は本堂に安置されている。

◇盛源寺(弁財天・寿老人)
多摩区長沢1─29─6 電話044(977)3744
交通=百合ケ丘駅からバス盛源寺または向ケ丘遊園駅からバス病院入口歩1分
1573年久翁力正が開基したと伝わる。この一帯はわき水が豊富で、弁財天はかつて裏の池にまつられていた。現在は周囲に池をめぐらした堂に安置されている。寿老人も本堂近くの堂にある。

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川崎七福神

川崎市中原区にある川崎七福神は1983年始まったもので、1日から7日に催されている。
色紙(各寺で販売)300円、朱印200円、朱印帳300円(文具屋で販売)。
受付時間は午前9時から午後5時まで。
問い合わせは電話044(711)0729事務局。

◇大楽密寺(布袋尊)
木月1492 電話044(411)3725
交通=東横線元住吉駅歩15分
鉄骨造りの本堂には4体の布袋尊がまつられている。

◇西明寺(大黒天)
小杉御殿町1─906 電話044(722)4524
交通=南武線・東横線武蔵小杉駅歩15分
中原街道に沿った徳川家ゆかりの寺。一木造りの大黒天は木食上人の作といわれる。本尊は大日如来。

◇無量寺(寿老人)
中丸子498 電話044(411)4184
交通=南武線平間駅歩10分
本堂や寺宝は戦災によって焼失、現在の本堂は1954年に再建された。本尊は阿弥陀如来。寿老人の周りには他の七福神もまつられている。

◇安養寺(福禄寿)
上新城1─9─5 電話044(777)0706
交通=南武線武蔵新城駅歩3分
関東大震災に遭い、仮堂だったものを1966年に再建。本堂は近代的なコンクリート造り。本尊は大日如来。

◇宝蔵寺(弁財天)
上小田中387 電話044(766)8628
交通=南武線武蔵新城駅歩8分
永正17(1520)年に創建された。閻魔堂、地蔵堂と並んで建つ弁天堂にまつられている弁財天は、江戸時代中期の作といわれる。

◇東樹院(毘沙門天)
宮内203 電話044(766)5546
交通=南武線・東横線武蔵小杉駅からバス・蔵前歩1分
大きなイチョウなどがある庭の毘沙門堂に、長禄年間(1457~1460年)ごろに発見されたという毘沙門天がまつられている。

◇大楽院(恵比寿)
上丸子八幡町1522 電話044(411)7327
交通=東横線新丸子駅歩6分
奈良の長谷寺の直轄で、本尊は長谷寺と同じ十一面観世音菩薩をまつる。本堂の釈迦如来像は市文化財に指定されている。恵比寿堂には新旧2体の恵比寿像がある。

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調布七福神

調布市の調布七福神めぐり(調布七福神会主催)が、1日から7日まで催されている。1986年から始まったもので、深大寺をはじめ調布不動尊として知られる常性寺など7寺の七福神をまわる。
色紙700円、朱印帳1000円、朱印各300円。
時間は午前9時から午後5時。
問い合わせは電話0424(82)8013常性寺。

◇昌翁寺(寿老人)
仙川町3─7─1 電話03(3300)2860
交通=仙川駅歩3分
徳川幕府の旗本飯高主水貞政が慶長年間(1596〜1615年)に菩提寺として建てたという。

◇明照院(弁財天)
入間町2─19─12 電話03(3300)8979
交通=つつじケ丘または調布駅からバス明照院前歩3分
室町時代の創設。日本三弁財天のひとつ、琵琶湖・竹生島の宝厳寺にある弁財天を勧請したといわれる。

◇祇園寺(福禄寿)
佐須町2─18─1 電話0424(84)0811
交通=布田駅歩15分
天平年間(729〜749)開山の古い歴史を持つ。明治の末に板垣退助が植えた「自由の松」がある。

◇深大寺(毘沙門天)
深大寺元町5─15─1 電話0424(86)5511
交通=調布駅からバス深大寺
天平5(733)年に満功上人が開山したという市内きっての古寺。7世紀末に作られたという白鳳仏や、永和2(1367)年の銘が入った梵鐘は重要文化財に指定されている。

◇常性寺(布袋尊)
国領町1─2─8 電話0424(82)8013
交通=布田駅歩5分
鎌倉時代に創建された。「布田のお不動さん」として親しまれ、千葉県成田山不動尊の分神をまつった不動堂がある。

◇大正寺(恵比寿)
調布ケ丘1─22─1 電話0424(82)2370
交通=調布駅歩5分
奈良時代開山という寿福寺と寶性寺、栄法寺の3寺が大正4(1915)年に合併した寺。

◇西光寺(大黒天)
上石原1─28─3 電話0424(82)3320
交通=西調布駅歩5分
応永年間(1394〜1428年)開山。観音堂に安置されている大黒天は、江戸時代初期には本尊の阿弥陀如来とともに庫裡にまつられていたという。

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2004年11月20日

泉龍寺のまわり地蔵:狛江駅前の泉の森会館で11月26日まで資料や地蔵を展示

04112001小田急線狛江駅前の泉の森会館(狛江市元和泉1-8-1)で「泉龍寺のまわり地蔵展」が11月20日から催され、多くの市民の関心を集めている。同会館の利用者などで構成する泉の森友の会の設立1周年行事のひとつとして企画されたもの。会場には、同市内の文化財などを調査している狛江民俗の会(中島恵子会長)が調べた成果を写真やパネルなど約50枚で紹介、泉龍寺に残る貴重な実物も並べられ、訪れた人たちは熱心に見て回っていた。同展は26日までで、21日午後2時30分から「まわり地蔵と狛江の昔むかし」と題したパネルディスカッションも行われる。
写真=会場に「再現」された巡行中のまわり地蔵(手前)とパネル

泉龍寺のまわり地蔵は高さ約18センチの小さな木彫りの座像で、左手に赤子を抱いている。江戸時代中期から戦争中の1944年にかけて神田、日本橋など江戸の中心部や三多摩地区、さらに埼玉県所沢市や入間市などへ出張する「巡行」が盛んに行われた。1年の大半を各地域を回り、子宝に恵まれる、安産にご利益があるとして多くの信仰を集めた。
当時は、地域ごとに信者が「講中」を作り、月ごとに決まった巡行地の民家に1泊してまわった。地蔵の宿となる家には、集落の人々が集まり地蔵を参拝、移動は寺男や講中の人々がしょいこや大八車で運ばれた。「子育て地蔵」「世田谷のお地蔵さん」「子安地蔵」などの名で親しまれるほか、巡行の道中、集落に近づくと鉦(かね)をならして歩くことから「カンカンのお地蔵様」とも呼ばれた。
寺に戻ってくる23日と24日には縁日などもたち、参拝客などでにぎわったという。大縁日といわれる11月23日には、いまでもかつての講中の世話人の人々が泉龍寺に集まり、この地蔵を参拝している。
巡行が行われなくなってから既に60年たち、地元でも知らない人が増えてきていることもあり、文化財への関心を高め、地域への愛着心を深めてもらおうと大縁日に合わせ、展覧会が企画された。
会場には、地蔵が「出張」中に身代わりとなる「お留守居さま」と呼ばれる地蔵像も展示。資料や聞き取り調査を基に、願い事をする時に備える飾り物を会員が手作りし、宿でまつられた様子を「再現」、昭和2年につくられた長さ数メートルもある幕なども張ってある。このほか、ことし4月から巡業地で調べた各地のまわり地蔵についての解説や写真、地図などが展示され、いまではなじみが薄くなったかつての信仰のかたちを知ることができる。なかには、地蔵像をめぐり寺同士の訴訟沙汰になったことなど興味深い事実も紹介されている。
4月から調査をはじめて準備にあたってきた同会の坪西由美子さんは「狛江の民俗・文化財を見直すきっかけとなって」と話している。
21日のパネルディスカッションでは民俗の会の中島惠子さん、泉龍寺住職の菅原昭英さん、土地っ子の飯田久雄さん、大久保益男さんが、まわり地蔵や地域について語り合う。また午後2時からミュージカル集団「coco〜」がまわり地蔵にちなんだミニミュージカルを披露する。
入場は無料で時間は午前10時〜午後8時。
当日は、1周年記念行事として午前10時から針金と竹でつくるおもちゃとかざりの工作指導もある。
問い合わせは電話03(5497)5444泉の森会館。

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2004年11月 2日

二ケ領せせらぎ館で多摩川流域の初の歴史セミナー

二ケ領せせらぎ館(川崎市多摩区宿河原1-5-1)で、11月13日から連続講座「多摩川の歴史と文化セミナー」が開かれ、参加者を募集している。

同館の運営を行うNPO法人多摩川エコミュージアムが主催する。他の郷との境界と接点の両方の役割を果たした多摩川の流域の歴史や信仰伝承に焦点にあてその足跡を学ぶ内容で、同館が自然系以外の講座を催すのは初めだ。
日程とテーマは、13日「多摩川の信仰伝承」、20日「多摩川流域の歴史」、27日「境界としての河・そして道」。時間は各回とも午後1時半から3時半。講師は、元日本民家園園長の三輪修三さん。受講料は2000円。電話申し込み制で、定員は先着40人。電話は044-900-8386二ケ領せせらぎ館。
交通=小田急線・JR南武線登戸駅徒歩10分。

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2004年10月14日

10月17日に麻生区で禅寺丸柿まつり

04101402「柿生」の地名のルーツとなった川崎市麻生区の特産品・禅寺丸柿にちなんで、むいた皮の長さや種とばしなどユニークなイベントを行う「禅寺丸柿まつり」が、10月17日午前10時から午後3時まで川崎市麻生区上麻生6丁目の麻生水処理センターで行われる。
(写真=「丸柿」と呼ばれる昔風に枝ごと束ねた禅師丸柿)

この祭は、1214年に同区王禅寺で発見された日本で最初の甘柿・禅寺丸柿を見直し商店街の活性化をと、1995年に柿生中央商店会が柿生禅寺丸柿保存会(中山茂会長)の協力で収穫期に合わせ初めて催し人気を呼んだ。一時中断したが、地元の祭の復活を望む声で2001年に再開。8回目のことしは、同保存会、柿生駅前町内会、上麻生東町内会のほか、今年の夏に発足したボランティア団体NPO法人柿生環境会が協賛する。
同会の中山会長によるとことしの禅寺丸柿は「近年にない大豊作」だという。
メインイベントの「皮むき」と「種とばし」は、午前10時・午前11時10分・午後1時10分・午後2時10分の4回催され、上位入賞者には、賞品がプレゼントされる。このほか、太鼓やおはやし、禅寺丸の写生会のほか、ビール、焼き鳥、柿にちなんだ和菓子、禅寺丸ワインも販売される。
問い合わせは電話044(987)1270太平屋。

【禅寺丸解説】
禅寺丸柿は、直径5センチほどの丸い甘ガキで、江戸時代から数十年前まで農家の貴重な現金収入として、柿生地区をはじめ川崎北部で盛んに栽培されていた。
実が大きく種のない品種におされ、小粒で種の多い禅寺丸の人気は急落、市場出荷はほとんどなくなり、農家の庭先販売や農協などの産直で売られるだけになった。こうしたことから、地名のルーツといわれるこの柿を「ふるさとのほこりとして保全し、後世に伝えよう」とかつての栽培農家が1995年に「柿生禅寺丸保存会」(中山茂会長)を結成、区内の庭先に残る禅寺丸の調査にのりだすなど保存運動に取り組んでいる。経済性も高めようとワインを試作、1997年から柿ワインの発売を始め、1999年に禅寺丸柿とワインが川崎ブランドに指定された。2000年には王禅寺の境内にある原木に記念碑を建立した。最近は市内のイベントに参加して柿を販売、人気を呼んでいる。また、2002年から普及活動に力を入れるため「柿を通して先人が培った歴史文化を次世代に伝えよう」と、苗木のプレゼントを行っている。
同会がまとめた『禅寺丸柿のあゆみ』によると、禅寺丸柿は、1214年に王禅寺地区の山中で偶然発見された日本最初の甘ガキで、古刹・王禅寺の住職等海上人が里人に栽培を奨励したと伝わる。その後、天領だった王禅寺地区の見回りに来た徳川家康によって「王禅寺丸」と命名され、1648年ごろから盛んに江戸に出荷、大きな収入源となった。1889年の町村制施行時には近隣の10カ村を統合し、柿の生産が多いことから「柿生村」と名付けられた。1902年には、真福寺の森七郎さん宅の樹齢300年の柿の木を選びその実を天皇に献上、このころから大正にかけてが最盛期で、昭和初期には共通のレッテルの木箱で出荷したという。第2次世界大戦後に再び市場の人気が復活し、柿の生産が盛んになるが、1970年代半ばには市場からその姿が消え、農家の庭先などの残された木は多いが、相続や家の建て替えなどで年々減っている。

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多摩区が区内の名所・旧跡を紹介する散策マップ発行

04101401川崎市多摩区内の名所や旧跡、自然景観が豊かな場所など74カ所を紹介する「多摩区お宝散策地図」(写真)が、散歩や街の再発見に役立つと人気を呼んでいる。

この冊子はA5判33ページで区民で構成する多摩区まちづくり推進協議会文化教育部会が「町の再発見のきっかけとなり、地域への愛着を深めてほしい」と編集発行、1万2000部印刷して多摩区役所、生田出張所、菅連絡所、緑化センター、二ケ領せせらぎ館、フルーツパークで無料配布している。
内容は、多摩区を菅、中野島・登戸、宿河原・堰・長尾、生田東、生田の5地区に分け、各地区の神社、仏閣、公園、文化施設、遺跡、遊歩道、多摩川の渡し場などの旧跡を写真や絵葉書と短文で紹介、略図で場所を表記している。このほか「水と緑の潤いの多摩」と題する章を設け、古い絵はがきやチラシを載せ砂利採取、イカダ流し、紙すき、競馬場跡など昔の多摩川の様子に加え、長尾で作られていた天然氷とため池のスケート場、多摩川ナシ、宿河原のモモなど昔の生活文化を紹介している。また区内の緑地や保存樹、地域のシンボルとなっている「まちの樹」、水路図なども掲載している。
冊子は、同部会が実地調査して2003年3月にまとめた「多摩区の魅力てんこ盛り~史跡・文化財・残したい自然」を基に,
公共施設などを入れて携帯に便利なサイズに再編集した。同会が撮影した写真のほか同区菅馬場のグラフィックデザイナー望月雪桜さんの協力で、望月さんが描いた「ハガキ絵 多摩区88景」を載せてある。
問い合わせは044(935)3148多摩区役所地域振興課。

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2004年10月 1日

多摩区の市民団体が10月2日から15年戦争を検証するビデオ上映会を開催

川崎市多摩区登戸の「遊友ひろば」で、10月2日から昭和初期から第二次世界大戦後の復興までを記録した全8巻のビデオを見る会が開かれる。
市民自治や平和、まちづくりなどの活動をおこなっている市民市民団体「ぐらす・かわさき」が主催するもの。同会会員で自らの戦争体験を語り継ぐ活動を行っている麻生区栗木台の塚本昭二郎さんが寄贈した「昭和と戦争」を見ながら、イラクへの自衛隊派遣などなしくずしにされる平和について意見交換を行う。「ビデオを見る会」は、2週間に1回の金曜日の午前中に全8巻のビデオを1回に1巻ずつ見る。10月は16日と30日に開かれる。

1回目のビデオ「満蒙に賭けた夢」は昭和5年から10年までで、関東大震災後の復興と世界的恐慌の打開のために満州を植民地化する日本軍と中国軍が武力衝突した満州事変、満州開拓義勇団、大陸の花嫁などについて日本のマスコミのニュース映像やアメリカ国立公文書館などの資料を元に編集した約60分の内容。2回「赤紙の届く日」(昭和11~12年)、3回目「銃後の女たち」(昭和13~15年)、4回「立ち上がれ少国民」(昭和16~17年)、5回「若き兵士の悲劇」(昭和18~19年)、6回「本土決戦の覚悟」(昭和20年)、7回「焼け跡をさまよう」(昭和20~21年)、8回「独立への道のり」(昭和22~26年)。
参加は自由で無料。問い合わせは電話044(922)4917ぐらす・かわさき。

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2004年9月19日

狛江の土屋塚古墳見学会:市民や小学生ら250人、古代のロマンに興奮

040919tuka狛江市岩戸南1丁目4番の土屋塚古墳で9月16日、遺跡見学会が開かれ市民約250人が参加した。見学会は、遺跡調査を行った狛江市教育委員会が主催し、二次調査が行われた約80平方メートルの古墳の周溝などを公開したもの。
(写真は土屋塚の周溝を見学する小学生たち)

参加者は地表より約1・8メートルほど下がった築造当時の周溝に下りて調査を担当した同市社会教育課の職員から古墳の作られ方や規模、年代などについて説明を聞き、墳丘を見上げて1500年以上前の土木技術に感心していた。
近くの第三小学校の5年生を中心とした児童約50人も放課後に引率の先生や保護者とともに参加、「写真では見たことがあるけど、本物を見るのは初めて」と興奮気味に話し、地面をさわったり、土器片をデジカメで撮影していた。
この塚は7月から2回に分けて発掘調査が行われた結果、出土した埴輪などの土器片から5世紀半ばの築造と推定され、市内古墳群の中で最も古い時代に属する首長級の豪族の墓だった可能性が高いとみられている。

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土屋塚の発掘現場で9月16日に見学会(2004/09/15)

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2004年9月15日

土屋塚の発掘現場で9月16日に見学会

22303狛江市岩戸南1丁目4番(岩戸地域センター前)の土屋塚古墳で9月16日に古墳の周溝部分の発掘調査の見学会が開かれる。時間は、午前10時と午後2時からの2回で同市社会教育課の職員が古墳の規模や時代について説明する。

土屋塚は、1986年1月に狛江市指定文化財となっており比較的良い状態で残ってきたが、マンションを建てるために6、7月に約570平方メートルで緊急発掘が行われた。その結果、埴輪などの土器片からこれまで伝えられていたより約100年古い5世紀半ばの築造と推定され、市内古墳群の中で最も古い時代に属する首長級の豪族の墓だった可能性が高く、学術的に大きな価値を持つ貴重な発見として研究者や市民の注目を集めていた。
こうしたことから、当初発掘調査されない予定だった敷地の一部約80平方メートルで9月6日から17日まで二次調査が行われ、公開されることになった。
問い合わせは電話03(3430)1111同市社会教育課。

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2004年8月13日

風化させないで「8月15日」市民団体が「8月15日」語り継ぐ集会

戦争を風化させないでと「終戦の日」の8月15日午後2時から川崎市中原区の中小企業婦人会館で「平和を願い『記憶しよう八月十五日』」が開かれる。
戦時中に少年や青年だった麻生区栗木台の塚本昭二郎さんら、川崎市内などの戦争体験世代20数人でつくる市民団体「銀の鈴」(塚本昭二郎会長)などが催すもの。

同会は、ガイドライン関連法など「平和」を脅かす法案の出現や新しい歴史教科書問題を憂慮し、自分たちの体験を次世代に伝えることが、戦争の犠牲となった多くの人たちへの鎮魂になると「8月15日」にこだわり、2001年にイベントを開いて以来、毎年この時期に平和イベントを催している。
1部が「戦争体験を語りつぐ会」(釋鋼二代表)による「朗読劇それぞれの戦争2004」。60代から80代の会員10人が、川崎大空襲や沼津の海軍工廠、広島の原爆、捕虜などの体験を語る。同会は2002年に多摩市民館が開いた戦争体験の朗読劇講座の受講生らが中心となり発足した市民団体。民藝の俳優・今野鶏三さんの指導で本番に向け練習を重ねている。
2部は「多文化共生と平和」をテーマに、信愛塾スタッフの大石文雄さんが「在日の子どもたちとのふれあいの中からアジアの平和を考える」、牧師の登家勝也さんが「辺野子で感じたこと」を発表する。参加費は300円。
問い合わせは電話044(989)0669塚本さん。
交通=東急東横線武蔵小杉駅前。

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2004年7月26日

狛江市の土屋塚:推定より100年古い、首長級の大型古墳だった

04072602-1狛江市の「土屋塚」と呼ばれる古墳の発掘調査が6月16日から7月末までの予定で行われている。発掘現場からは約5000点にのぼる埴輪(はにわ)片が出土、その形式などから、これまで推定されていた6世紀半ばより約 100年さかのぼり、市内古墳群の中で最も古い時代に属する首長級の豪族の墓だった可能性が高く、学術的に大きな価値を持つ貴重な発見として研究者の注目を集めている。
狛江市内には、かつて「狛江百塚」と言われたほど多くの古墳があり、5世紀初めから約150年ほどの間に造られたとみられている。今回の土屋塚は、その規模などから高い位の支配者のものと考えられ、狛江の歴史がこれまでとは変わる可能性も出てきたという。

■直径約58メートルの大型古墳

04072602-2塚は同市岩戸南 1--1043-2にあり、1986年1月に狛江市の文化財に指定されている。調査直前まで古墳の頂上には稲荷社がまつられており、比較的良い状態で残されていた。
調査は、同地にマンションを建てるための緊急発掘で、対象地域は墳丘の東側の約580平方メートル。その結果、古墳は高さ約5メートル、直径約40メートル、周溝の幅は約9メートルで、周溝を含めた全体の直径は約58メートルと市内の古墳の中では大型なものであることが判明した。
今回の調査は古墳の周溝部分で発掘が行われ、古墳の規模や埴輪の様式、文様などから首長クラスの支配者のものであると推定された。さらに、同市教育委員会発行の「狛江市文化財調査報告書『狛江市の古墳(1)』」に掲載された古墳分布踏査(1960年実施)で6世紀半ばとされてきた築造年代より100年以上さかのぼる5世紀半ばに造られた可能性が高いこともわかった。刀剣など多数の副葬品が出土した多摩川流域で最大級を誇る5世紀半ばの野毛大塚古墳(世田谷区野毛1-36、全長82メールの帆立貝式古墳、都文化財指定)よりやや遅れた時期と推定される。

■古墳の専門家も「貴重な発見」と評価

04072602-37月 26日には、日本考古学協会の前会長で古墳時代研究の第一人者・甘粕健・新潟市歴史博物館館長が現地を視察、歴史的にも大きな発見だと高い評価をくだした。
甘粕館長によると「狛江古墳群のなかで規模も大きく、5世紀初頭の野毛大塚古墳(世田谷区野毛)に次ぐ5世紀半ばの古墳」と推定、その根拠として、土屋塚で出土した埴輪の中に、関東地方最大の太田天神山古墳(群馬県太田市、全長230メートルの前方後円墳、国指定史跡、 5世紀半ば)でしかみつかっていなかった埴輪の「方形すかし穴」が施されたものがあり、埴輪片に野焼きで作られた黒班が残っていることなどをあげた。
さらに、埴輪の上部に畿内の技術「ヨコハケ」がある点を指摘、畿内や毛野(けぬ)と何らかの関係を持つ大きな力を持った豪族の墓ではないかという。
狛江の古墳は比較的大型のものが数多くみられ、有力な豪族が周辺の地域より多かったことを物語る。こうした豪族が結束した力は大きく、この一帯の政治情勢を左右する力があったとみられ、今後の古墳時代の研究に新たな一石を投じる、貴重な発見と言えそうだ。
(写真上=土屋塚の発掘現場。後方が古墳/写真中=土屋塚の周溝部分の発掘作業/写真下=出土した大量の埴輪片)

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