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2018年6 月17日 (日曜日)

高橋・狛江市長辞職:市原広子議員(社民党)のコメント

セクハラ疑惑で揺れた高橋都彦・狛江市長の6月4日の辞職に対する市原広子議員(社民党)のコメントは次の通り。 

  

ようやく辞職するもセクハラ認めず、ペナルティーなし!

5月22日の夕刻、震える手で被害を訴え市長に公式謝罪と辞職を求める女性職員の様子がテレビ画面に映った。
高橋市長(前)は、自民・公明・無所属の三人の議員に守られ、3月議会で追及されたセクハラ問題を逃げ切ったと言える。

しかし、「仕返し・パワハラ」体質が染みついているのだと思うが、議会後の記者会見(3月28日)で、自らのセクハラ行為の被害相談を記録し、公文書として残した職員に対し「事実と異なる書類を作成したとして、ペナルティーの可能性」とまで発言したのをきっかけに、庁内職員は離反。「市長によるセクハラの事実がある」との4月17日の職員組合ニュース発行、5月18日の幹部職員の辞職突き付け。それすら突っぱねたために、セクハラ被害を受けた女性職員4名(被害者の一部の方々)が立ち上がり、被害を文章にして、市長に謝罪を要求するということになり、ようやく辞職の意向を示した。

6月1日付けで辞表が提出され、6月4日の定例6月議会の初日に辞職は承認されました。市民からは「5月中に辞職すれば、6月の一時金は支給されないのに」「ペナルティーを科されないのはおかしい」「痴漢と同じ」との声も聞く。

辞表には「一身上の都合」と書かれ、4日、議会で辞職が認められた後に報道機関に示された文章では「セクハラと受け止められたのならハラスメントになるのでそう受け止めた職員に対し、この場(報道機関へのコメント)を借りて謝罪する」とあっただけです。「被害者への公式謝罪はなし、セクハラを認めていない」と言えますし、卑劣な恥ずべき行為や対応の真相は解明されていない。

残念な「セクハラ容認議会」の姿

ここまで長引き、真相も解明されないのは、議会の責任と考える。公務員であっても議会が設置する調査委員会「100条委員会」ではセクハラ行為者が誰かを証言出来ます。また逆に証言しなくてはならない。100条委員会設置を狛江・生活者ネットワークの山本あき子、民進党(当時)太田久美子、共産党の宮坂良子の各議員とともに3月議会の最終日に提案したが、自民・公明・無所属の3人の議員は設置の動議すら否決。3枚のセクハラ相談資料によって、十分に行為者は市長であると確定出来うるにもかかわらず、共産党市議団提案の辞職勧告決議のみならず、調査のための100条委員会設置動議を否決したことは「セクハラ容認議会」と言われても仕方がない。辞職後の会派幹事長への記者質問を聞いていると「一人から相談はあったが市長を信じていた、証言や証拠が無かったので噂話と判断した」(公明党)、「内々に解決しようとして長引いてしまった」(自民党)。6人の「女性議員有志の会」は、被害者の実名や顔を出しての被害の訴えは、心無い被害者バッシングや思い出したくない被害のフラッシュバック、職場での不利益などにつながる恐れから、なんとか被害者が顔を出さずに市長を追求することを目指したが、最終的には、被害者による直接の訴えで市長が辞めざるを得なくなったのは、議会としては、反省すべき、恥ずべきだ。

セクハラは差別・人権侵害

また、高橋市長が「相手がそう思うならそうだろうと思うが自分はそう思っていない」と一貫してセクハラ行為を否定してきたように、行為者がセクハラを認めないことこそが二次セクハラです。たとえ「軽い」と言われるセクハラでも、長く続くことこそ組織が危機的だという証拠、とは、お茶の水女子大名誉教授・戒能民江さんの言葉です。現在の狛江市ハラスメント防止指針でも、特別公務員(市長・教育長・副市長)には懲罰規定はなくとも、毎日出勤し、同一職場にいるのですから、訴えがあれば調査(双方の言い分を聞く)はすべきで、そのことは、均等法上は使用者義務として規定されていて、幹部たちは「市の在り方として」真相解明に努力すべきだったと言える。市役所内部でも「やんわりと」済ませ、市長におもねて来たことは、「セクハラは差別・人権侵害」だとの認識が残念ながら希薄であったわけだ。もっと「あたふたしてほしかった」のは女性職員含めて私も含めての市民の思いだと思う。

「女性の自立促進特別措置法」とともにセクハラ関連法の改正を

「セクハラ罪」を設定するだけでは、セクハラはなかなかなくならない。「相手が思っているだけで自分はそうは思っていない」と行為者は取り調べで発言する。被害者は被害を顔と名前を出して訴えなければならないのは同じだ。今以上に証拠や証言が必要になり、たとえ非公開の第3者委員会があっても、多くの性暴力被害者が訴え出ない現状に共通した「言いにくい構造」がある。

セクハラは「差別」「人権侵害」であることを社会が認めることが大切。また、男性が差別意識に気づくことも大切。元市長や性暴力者にとっては「女はないがしろにして」であったわけで、許せない思い。「性的関心を持って職員に接したことはない(高橋市長の言葉)」が「女はないがしろにしてよい存在」であるのだ。

これこそが、人権侵害・魂の殺人と言われるゆえんだろう。ハリウッド女優たちの喪服での抗議の理由は性暴力やセクハラの人権侵害、深刻なPTSDなども含め、「それは魂の殺人」と言っているのだ。

女性が力を付けて「決定の場」に参加する事が重要で、女性の自立を促進するための特別措置法が必要。女性が働ける環境を差別や区別なく整備すること、社会に出てからも学べる環境整備も。

市役所内に雇用の機会均等だけでなく、決定に関与できる機会の均等を定めるなど、セクハラ被害に悩み揺れた狛江市だからこそ、全国に先駆けて、庁内規定を設けるなどの試みをすべきと考える。また、被害にあった当事者の思いや、防げなかったことへの職員への思いなどを聞き取り、セクハラとは何かの根本的なことを学ぶ研修をすべての職員と議員が受けるなどが必要。こういったていねいな事後対応をすべきで、拙速なハラスメント防止条例を制定し、自分たちが市長を守ったことを消すかのような動きがあるのは大変残念と言わなくてはならない。

2018年6月10日 市原広子

2018-06-17 in 06)政治, a) 狛江市のニュース | Permalink

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