2010年3 月14日 (日曜日)
ACL・川崎フロンターレが北京国安に敗戦 : 降りしきる雪に地の利生かせず
アジアのサッカークラブ王者を決めるAFCアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)のグループリーグ(予選)第2戦が、3月9・10日各地で行われ、2年連続3度目出場のグループE組・川崎フロンターレは、9日19時にホーム等々力で北京国安と対戦した。降りしきる雪でピッチがまっ白になり、スタンドからはボールが見えないほどの最悪のコンディションの試合となった。川崎Fは、北京国安に先制され、すぐに同点に追いついたものの、風下の後半、降り続ける雪に対応できないままホームグラウンドの利を生かせず、失点を重ねて1対3で敗れ、ACL2連敗でEグループ最下位となった。
写真=試合終了後、降りしきる雪の中重い足取りで引き上げるイレブン
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2010年3 月 7日 (日曜日)
Jリーグ・川崎フロンターレが開幕戦白星スタート
Jリーグが3月6・7日に開幕。第1日程の6日に川崎市中原区のホーム・等々力陸上競技場で開幕を迎えた川崎フロンターレは、アルビレックス新潟を2対1で下し、2007年以来3年シーズンぶりに開幕戦を勝利で飾った。
写真=22分の黒津勝(#7)の得点に抱き合って喜ぶ稲本潤一(#20)
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2010年2 月 9日 (火曜日)
川崎フロンターレが川崎大師に必勝祈願:高畠監督や選手が初タイトル祈る
川崎フロンターレが2月4日、川崎市川崎区の川崎大師で恒例の必勝祈願を行い、悲願の初タイトル獲得と今シーズンの安全を祈った。
写真(上から)=護摩法要に参列、本尊に手を合わせる選手ら、柿生中央商店会であいさつする寺田選手
同クラブでは、毎年チーム始動の1月に必勝祈願を行っていたが、ことしは宮崎での一次キャンプから戻った立春にあたるこの日となった。
参加したのはオフィシャルスーツに身を包んだ高畠勉監督と22人の選手、武田信平社長など総勢40人。日本代表に選ばれた稲本潤一、中村憲剛、川島永嗣に加え鄭大世、負傷しているジュニーニョ、ヴィトール・ジュニオールの6選手は欠席した。
一行は平間寺大本堂で執事の井宏樹導師らが営む大護摩法要に続いて、一人ひとり本尊の前で神妙な面持ちで手を合わせた。
法要後、井手導師が「昨年はナビスコ・リーグ戦で準優勝し、川崎市民は楽しい夢をいただき感謝しています。準優勝で悔しい思いをした選手もいるとは思いますが、それをバネにがんばって精進し、良い試合をして優勝を勝ち取ってください」と激励した。また、J2時代からフロンターレを応援し、毎年必勝祈願に同席している大師駅前商栄会会長の石渡孝明さんからダルマが武田社長に手渡された。
選手らは参拝後、約300人のサポーターらに見守られながら記念撮影、「ことしこそがんばってタイトルを」とサポーターからは熱い声援がとんでいた。
選手らはその後、15グループに分かれて市内各所へあいさつまわり。これまでは時間の関係で南部・中部が中心だったが、今回はエリアを広げ多摩区と麻生区の北部も初めて訪問した。
練習場の玄関口にあたる柿生駅前商店街を訪れた寺田周平選手は「車でときどき通るのでよく知っているつもりでしたが、歩いてみると知らない店が何軒もあり新鮮な気持ち」と話し、立ち寄った居酒屋でビールを勧められたが「きょうは車なのでまた」と固持、「ことしも応援をよろしく」と笑顔でこたえていた。
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2010年1 月26日 (火曜日)
FC東京が大国魂神社で必勝祈願 : 沿道はサポーターでぎっしり
FC東京が1月23日、大国魂神社で必勝祈願を行った。
チームはこの日が始動日。午前中に小平のグラウンドで練習を行った後、城福浩監督、選手、スタッフ一行は午後4時まえに同神社拝殿の神前で今シーズンの勝利を祈った。
写真=神官からお祓い、サポーターに見送られ拝殿に進む一行、神前に手を合わせる選手、サポーターに挨拶する城福監督
同クラブは昨年まで別の場所で必勝祈願を行っていたが、今シーズンはじめて大国魂神社で開催。HPなどで事前に公表したため参道や拝殿前にはタオルマフラーなどのグッズや旗を持ったサポーターがぎっしりと並んだ。
白い裃の上着を身につけた松林裕社長、城福浩監督、塩田仁史選手を先頭に一行は神官に導かれて随神門から中雀門を通ると、周りのサポーターは旗を振りカメラやビデオを回して歓迎、選手らは笑顔を振り向けていた。拝殿では、神官がお祓い、祝詞(のりと)を奏上、松林社長、城福監督、塩田選手が、玉串を捧げて神前に手を合わせた。
その後、一行は拝殿前に並んで、サポーターらの写真撮影に応え、城福監督が「タイトルを一つは必ず獲る。リーグ戦のシーズン終了まで真の優勝争いして、これまで経験したことのない未知なる世界に入りたいので、皆さん力を貸してください」とあいさつした。
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2010年1 月17日 (日曜日)
川崎市麻生区片平に川崎フロンターレの選手寮 : 武田社長らが安全祈願祭
川崎フロンターレの独身選手寮が川崎市麻生区片平の練習場「麻生グラウンド」近くに建設されることになり、1月17日に寮のオーナー中山茂さん、川崎フロンターレの黒川博昭取締役会長、武田信平社長、高畠勉監督、工事関係者ら22人が出席して地鎮祭が行われた。
写真=鍬入れをするオーナーの中山さん、計画パースを見る武田社長と高畠監督、玉串奉てんする武田社長
寮の建設地は、片平区画整理事業地内の尻手黒川線に面した片平7-7-5ほかで敷地約880平方メートル。練習場までは徒歩約10分。建物は鉄筋コンクリート造り3階建てで、延べ床面積は875平方メートル。1階部分は食堂、フロなどで、2、3階が選手の居室となる。部屋数は管理人室を含めて15室で、選手の居室は約20平方m。名前はフロンターレのチームカラー青と黒から「青玄寮」と付けられた。工事は8月末までで、9月に入居の予定。
寮は、独身選手が暮らすほか、強化指定選手の練習時の宿泊にも利用される。栄養士によるバランスの取れた食事を選手に提供するほか、午前、午後の二部練習時には、寮住まいではない選手に昼食などを出す予定で、選手の体力や健康の向上と維持をはかる。
地鎮祭は地元の白鳥神社の池田貞近宮司により進められ、オーナーの中山さんが鍬(くわ)入れなどの儀式を行い、工事の安全を祈った。
武田社長は「地域のご協力で待望の独身寮の建設にようやくこぎ着けられ感謝してます。アスリートは練習後30分以内に食事を取ると体のバランスが良いと言われており、強化策につながります」とあいさつ。高畠監督は「練習場から近く、若い選手だけでなく中堅、ベテランの選手も練習後に食事が取れるようになるのは健康面にも好材料。緑が多いすばらしい環境で、サッカーに集中できる」と期待を寄せている。
地元でフロンターレを応援しようと昨年秋に発足した麻生アシストクラブの役員でもある中山さんは「ここが練習場になった1999年からの懸案だった寮の建設に着手でき感無量です。区内に川崎フロンターレの2つ目の施設ができることを郷土の誇りにして、地元の応援を盛り上げたい」と笑顔で話していた。
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2010年1 月15日 (金曜日)
稲本潤一選手が川崎フロンターレ入団 : 「経験生かし、初タイトルに向けがんばる」
フランスのサッカー1部リーグ、スタッド・レンヌから川崎フロンターレに完全移籍した稲本潤一選手の入団記者会見が1月15日、同クラブのホーム等々力競技場(川崎市中原区)で行われ、「期待されていることを楽しみながら久しぶりのJリーグでプレーしたい。これまでの経験を出してフロンターレの初タイトルに向け頑張りたい」と語った。
背番号は20で契約期間は3年。
写真=ユニフォームを着て社長と握手(左から高畠監督、稲本、竹田社長)
クラブ創設以来初のビッグネームの移籍とあって会見には100人を超える報道陣が集まり、稲本の姿を一目見ようとサポーターも200人以上駆けつけた。このため、競技場を管理する川崎市公園管理事務所の配慮で急きょメインスタンドが解放され、手すりに横断幕が掲げられた。
会見には、武田信平社長、福家三男強化本部長、高畠勉監督が同席。まず武田社長が「10日の新体制発表時に間に合わず、ファンの方々には残念でしたが、ようやく決まりました。今シーズンの課題はボランチ。経験豊かで有能、理にかなったベストな補強ができた。昨シーズンクラブは、半歩は踏み出せたが、1歩が踏み出せなかったので、技術面・精神面などであと1歩踏み出すことを実現するために稲本選手は必要不可欠な人である。W杯・ヨーロッパでの経験を実践してくれることで、一段と強いチームへ成長するだろう。稲本選手が力を100%出して、チームのリーダーとして優勝へ導いてほしい」とあいさつ。
福家強化本部長は「補強のポイントは、各ポジションのレベルアップ。フロンターレとしての目標は結果を出すことで、ボランチは要である。攻撃から守備への切り換えが重要と考え稲本選手を補強した。各年代別の代表や海外では173試合、Jリーグでは143試合の経験もある。代表としても、2002年、2006年にW杯に出場した経験で、今年も高く評価している。彼の加入で、タイトルに向け、チームがワンステップ上がったと思う。心技体を兼ね備え、ディフェンスもでき安定感がある欠かせない選手である。稲本くんの決断と関わったいろいろな人に感謝します。29人の選手でタイトルへ向け、挑みたい」とデータを交えて加入理由を語った。続いて高畠監督が「優勝のための補
強をフロントに願い、中盤で核になる選手として稲本選手があがった。フロントの努力にもよるが、稲本選手の決断に感謝してます。今年の目標は、タイトル。ことしのキャッチフレーズの+αで考えたとき、精神面が重要となる。ヨーロッパでの経験を生かし、メンタル面で引っ張っていって欲しい。守備から攻撃、攻撃から守備と、アグレッシブなプレーができる選手である。フロンターレは、年々成長している。稲本選手の加入で、層が厚くなり、攻撃的サッカーでタイトルを取りたい」と期待を込めて話した。
稲本選手は「契約ができてうれしく思う。日本に帰った実感はなかったが、(きょう、これだけ多くの)マスコミが集まったことや社長などの言葉で、日本に帰ってきたことを実感した。生活面から注目されると思う。高い期待に楽しみながらこたえたい。フロンターレのイメージは、以前は強い感じではなかったが、僕の力でタイトルへ向けられるよう頑張りたい。今年1年は大切な年として、全力を出したい」と話した。
続いての質問コーナーでは、フロンターレを選んだ理由については「ヨーロッパに行く前から、体力がまだ万全の30歳には日本に帰ってきてJリーグでやりたいと思っていたので移籍できて良かったと思う。多くのチームの昨シーズンのリーグ戦のDVDを見て、(優勝の可能性が高い)フロンターレを選んだ。好守の切り替え早い攻撃的なプレースタイルが好きで。自分の特徴を生かせると思った」と話し、代表復帰については「日本に帰るのが自分の目標で、W杯だけをみているだけではない」とかわしながらも「リーグの試合を代表監督に見てもらえる機会が多々あり、有利と思う面もある」と笑顔を交えながら答えた。また、日本代表の中村憲剛選手については「電話番号を知らないので連絡は取ったことはないが、DVDで見た印象から前で仕事をする彼の特徴を生かしたプレーしたい」と話し、並んで座る首脳陣を喜ばせた。その後、武田社長から背番号の入ったユニフォームを手渡され、あつい握手を交わした。
ピッチ場で行われた写真撮影では、リーグ戦とACL用の2つのボールでリフティングやふろん太との2ショット、チーム名入りのタオルマフラーを広げるなどのほか、メインスタンドに向かって「稲本潤一です。応援をよろしく」などとあいさつ。約1時間の会見後、出口で待つサポーターにサインや写真撮影にも笑顔で対応してサポーターを喜ばせた。
2004年からホーム試合は必ず応援している中原区の尾崎傑さんは「たまたま休みだったので、とりあえずここに来たらメインスタンド入れてもらえ上からみることが出来てうれしかった。稲本選手については、プレーを直接見たことがありませんが、報道陣の多さにびっくりしました。がんばって優勝に貢献してもらいたい」と期待をこめて話した。
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2010年1 月12日 (火曜日)
川崎フロンターレが高津区で新体制を発表 : 平原綾香さんもライブ、初タイトル取りを誓う
川崎フロンターレが1月10日、川崎市高津区の洗足学園音楽大学の前田ホールで2010年のチーム方針や新加入選手など新体制を特別ゲストの平原綾香さんのミニライブなどのコンサート付きで発表、悲願の初タイトル取りを誓った。
同クラブは、オフシーズンにサポーターとの接点を深め、チームの考え方を直接聞いてもらおうと2004年から新体制発表をサポーターに公開、「音楽のまち」を掲げる川崎市とコラボレーションし、コンサート付きで行っている。
ことしは公募した約4400人の後援会会員から抽選で選ばれた約1000人が参加、2階席の手すりにはヘッドコーチから昇格した高畠勉新監督や入団選手の名前入りの横断幕が張られ、レプリカユニフォームやタオルマフラーなどを身につけたサポーターでぎっしり埋まった。
発表には武田信平社長、福家三男強化本部長、高畠監督のほか、横浜Fマリノスから移籍した小宮山尊信(こみやま・たかのぶ・25歳/DF/背番号8)、新卒の楠神順平(くすかみ・じゅんぺい・22歳/MF/16)、小林悠(こばやし・ゆう・22歳/FW/24)、高須英暢(たかす・ひでのぶ・22歳/FW/24)の4選手のほかFC東京にレンタル移籍していた佐原秀樹(さはら・ひでき・31歳/DF/3)と鬼木達新コーチが出席、檀上で抱負を語った。
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2010年1 月 3日 (日曜日)
ライスボール:鹿島が関西大学破り日本一に
アメリカンフットボール日本選手権ライスボウルが1月3日、東京ドームで行われ、社会人王者の鹿島ディアーズが学生王者の関西大学を19対16で破り、12年ぶり2回目の日本一に輝いた。
写真=勝敗を決めた終了間際の鹿島ディアーズのフィールドゴール
関西大学は第1クォーターにインターセプトタッチダウンを奪い先行したが、鹿島はじりじりと追い上げ、終了間際にフィールドゴールを決めた。
2010-01-03 in 02) イベント・催事, h)東京都, スポーツ | Permalink | コメント (0)
2009年12 月28日 (月曜日)
川崎市のとどろきアリーナで川崎フロンターレ関塚監督らの送別会 : 2600人が握手で送り出す
「お疲れさま、ありがとう」——川崎市中原区のとどろきアリーナで12月27日、今季限りで川崎フロンターレを退団する関塚監督らの送別会が開かれ、2652人のサポーターがチームを去る1人1人と握手して別れを惜しんだ。
写真=サポーターと別れの握手をする関塚監督
送別会は、退団する監督らを温かく送り出そうと、川崎フロンターレ最大のサポーター団体「川崎華族」のほか「BLUE STAR」「乾坤一旗(けんこんいってき)」3団体とサポーター有志らが昨年に続き開催した。
会場のメインアリーナには、2008年に関塚監督が病気で倒れたさいに、監督を励ますために作られた顔写真入りのビックフラッグや選手のニックネームが書かれた横断幕などを飾ってムードを高めた。参加したサポーターはタオルマフラーやレプリカユニフォームなどを着た人が多く見られた。
午後6時30分からの送別会には、関塚監督、里内猛フィジカルコーチ、GK吉原慎也選手、大宮アルディージャに移籍するMF村上和弘選手が出席。スカパーレポーターの高木聖佳さんなどの進行で監督や選手のプロフィールを紹介、ひとりひとりステージに上がってあいさつ、ゆかりのある人が花束を手渡した。
関塚監督は「厳しい戦いの中でもみなさんがお客さんを連れてきてくれ、『マインド1』という言葉で昇格でき歴史のページを積み重ねられたが、あっという間の6年間だった。スタッフ、選手、皆さんの支えで代表選手も出すことができた。念願のタイトルを達成できなかったのでけじめをつけたい。クラブは優勝争いができ、アジアでも戦えるチームとなった。皆さんの力で初タイトルを成し遂げてほしい。
精進して指揮をとれるようにしたいので、しばしの別れと思っていただきこれからもいい関係でいたい」とあいさつ「年末の忙しい夕方にこんなにも多くの人に送ってもらえて感謝している」と感想を話した。
最初に仮設舞台に登壇したのは、J2の苦しい時代の守護神・吉原選手。川崎華族の初代コールリーダー(2003・4年)の吉野拓哉さんが「まだ、5、6千人しかはいらない時代に大きな声でコーチングしていたのが印象的。昇格した2004年に勝ちきれない試合が続くなかで4月9日、東京ヴェルディ戦に完封で勝利したことが一番の思い出」と活躍ぶりを披露、力強く抱擁しあった。吉原選手は「8年半の在籍みなさんの力をいただき、感謝の気持ちでいっぱいです。(まだ移籍先は決まってませんが)またいつかみなさんの前に出る時は、力を貸してください」とあいさつ。
続いて登場したのは2007年から3年間在籍し、DF、MFとさまざまなポジションで大きな声と闘志を表に出して活躍した村上選手。体を張ったプレーでファンになり手作りの断幕で応援していたという鈴木政文君から花束を受け取った。村上選手は「J2でクビになった選手を拾っていただき、すばらしい選手とともにACL、優勝争いなど多くピッチに立たせてもらって人間性、プレーを磨かせていただいたことを感謝しています」と声を詰まらせながら話した。
関塚監督の要請で2年間選手の体のメンテナンスを行った里内フィジカルコーチは「2位に終わらせてしまったことをお詫びしたい」と頭を下げ「熱いサポーターとともに大きく前進してきた。これからも応援させてさせていただきたい」と笑顔。花束を渡した木田靖子元マネージャーは「常に新しいトレーニングマシーンを買いたがり困ったこともありましたが、明るい性格でムードを盛り上げてきた」と笑わせ新マネージャーの山口智美さんが「営業から異動したばかりの私に体脂肪を測ると言って追いかけ緊張をほぐしてくれたのがいい思い出です。新しい場所でがんばってください」と明るい人柄を披露した。
最後に登壇した関塚監督には、福家三男強化本部長が「2003年12月に初めてお会いしたときに、(1)1年で昇格し降格しないチーム作り(2)若い選手を育てる(3)J1で優勝を狙えるチームという3点をお願いし、すべてクリアしてもらい感謝の気持ちでいっぱいです。送り出すのはつらいものがありますが、次のステップに進むためにレベルアップしてもらいたい。クラブは関塚監督の下で仕事をしてきた高畠コーチが昇格し、DNAがつながる鬼木達をコーチに招聘する。しっかり戦い優勝することが恩返しにつながる」と称えた。
挨拶が終わると4人は舞台からおりて一列に並び、来場者と一人ひとりと直接挨拶。花束などプレゼント渡す人も多く予定時間を約30分オーバーしたが、4人は笑顔でいねいに握手していた。
2009-12-28 in 02) イベント・催事, 09)市民活動, a) 狛江市のニュース, b5) 川崎市中原区, スポーツ | Permalink | コメント (0)
2009年12 月26日 (土曜日)
とどろきアリーナで川崎フロンターレ送別会 : サポーターらが主催
2009年シーズンで川崎フロンターレを去る関塚隆監督や村上和弘選手らを温かく送りだそうと、川崎Fのサポーターらがクラブの全面協力を得て、12月27日午後6時30分から川崎市中原区のとどろきアリーナ送別会を催す。
送別会は昨年、川崎Fのために活躍した選手らを熱い気持ちを表したいと願うサポーターの声から、チームの協力を得て初めて実現され、好評を集めた。今回は「川崎華族」「BLUE STAR」「乾坤一旗(けんこんいってき)」3団体とサポーター有志ら主催する。
当日は、関塚監督、里内猛フィジカルコーチ、GK吉原慎也選手、MF村上和弘選手があいさつしたのち、サポーターエリアに各選手がまわる。約1時間の予定で、花束や手紙などの手渡しは可能だ。
ま たクラブでは、2004年の就任から1年目でJ1に昇格させ優勝争いに絡むチームに育て上げた関塚監督の功績をたたえ、市民ミュージアムで開催中の「川崎フロンターレ展」に「ありがとう関塚フロンターレ」コーナーを、27日の1日限定で催す。内容は指揮を獲った6年間のVTRと監督へのメッセージを書き込む横断幕。メッセージを書き込んだ横断幕は、送別会の席上、関塚監督に手渡す。
送別会は参加無料。開場は午後6時の予定。アリーナは土足厳禁のため上履きが必要なほか、禁止事項などもある、詳細は川崎華族のHP(こちら>)へ。
主催のサポーター団体では、当日の開場準備や誘導などを手伝うスタッフを募集している。
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